遺族補償一時金
残された遺族が妻以外の場合は、年齢や障害要件によって誰も年金を受けられる人がいないこともある。また妻を含めて、長期間別居で仕送りもなく誰とも生計維持関係がなかった場合も、年金を受給できる人はいない。
たとえば、普通の共働きの家庭で妻が業務災害で亡くなり、残された家族が
・ 夫 50才 会社員
・ 娘 24才 パート従業員
・ 息子 19才 大学生
というような場合だ。このケースでは夫(55才未満)も娘も息子も(18才年度末以降)年齢要件で排除されるので、最初から誰にも受給権はない。
こうした場合は、一定の遺族に『遺族補補償一時金』が支給される。『一定の遺族』の優先順位は以下の通りだ。
・ 遺族補償一時金の順位
① 配偶者 (生計維持関係の有無は問わない)
② 子 (生計維持関係あり)
③ 父母 ( ” )
④ 孫 ( ” )
⑤ 祖父母 ( ” )
⑥ 子 (生計維持関係なし)
⑦ 父母 ( ” )
⑧ 孫 ( ” )
⑨ 祖父母 ( ” )
⑩ 兄弟姉妹 (生計維持関係の有無は問わない)
・ 遺族補償一時金の支給額
このように、遺族はいるものの生計維持関係や年齢等の条件を満たさず年金の受給資格を満たす人がいない場合は、給付基礎日額1000日分の『遺族補償一時金』が支給される。
この①と⑥~⑩は続柄以外は一切問われないので独立した生計を営む兄弟姉妹が受給することもあるが、前回の年金の場合のように配偶者を跳び越すことはない。
この場合も、賞与を基礎とする『遺族特別一時金』と『遺族特別支給金』定額300万円が支給される。
年金の資格者が、途中でだれもいなくなった場合
上に書いたのは、『最初から』年金の受給資格を持つ人がいなかった場合だ。
前回『労災の遺族(補償)年金は153~245日分』の『・受給資格者が減る場合』で書いたように、年金受給資格者の死亡・婚姻・養子縁組・離縁・成長・障害軽減により受給資格者が減る場合で、受給資格者の最後の1人がいなくなれば年金を受給する者が誰もいなくなる。
ちなみに、年金を受給している方の資格がなくなり、他に年金の受給資格者がいるのならその方に受給権が移る(『転給』という。)のは、普通にご理解いただけると思う。
しかし、たとえば年金の受給資格があるのが妻だけなら、妻が死亡または婚姻すれば年金を受給できる方はいなくなる。この場合はどうするのか。
・ 年金受給額が1000日未満なら差額支給
この例では、妻が年金を1000日分すでにもらっていたかどうかで判断する。
すでに1000日分以上受取っていたのなら、そこですべて終了となる。
年金受給額が1000日分に達する前に年金の受給資格を持つ方がだれもいなくなり、かつ、上の『遺族補償一時金』の対象者はいるという場合は、一定の方に、1000日分に達しなかった分の一時金(『遺族補償年金差額一時金』)が支給される。
正確には、この差額一時金の支給額を計算するときには、今までもらった年金額をスライド調整するので、年金と合わせてピッタリ1000日分になるわけではないが、大した違いではないので省略する(『前払一時金』のように年3%とかで調整するわけではないので)。
この一時金は、趣旨も金額も(年金で支給された分を含めると)遺族補償一時金とほぼ同様だが、遺族の順位が少し変わって次のようになる。被災者の死亡から何年たっていても、死亡当時の状況で判断する。
・ 『遺族補償年金差額一時金』の順位
① 配偶者 (生計を同じくしている)
② 子 ( ” )
③ 父母 ( ” )
④ 孫 ( ” )
⑤ 祖父母 ( ” )
⑥ 兄弟姉妹 ( ” )
⑦ 配偶者 (生計を同じくしていない)
⑧ 子 ( ” )
⑨ 父母 ( ” )
⑩ 孫 ( ” )
⑪ 祖父母 ( ” )
⑫ 兄弟姉妹 ( ” )
前にあげた、唯一の年金受給資格者である妻が死亡したケースでは、一緒に住んでいた18才以上の子がいれば、その子が差額の一時金を受給する。生計同一の方がいない場合はそれ以外の2親等内の親族(⑦~⑫)のうち最先順位者が差額を受取ることになる。最先順位者が複数いる場合に人数で割るのは前回と同じだ。
ここで、その妻が年金受給資格を失った原因が再婚の場合はどうなるのかというと、亡くなった場合とは違う。
・ 再婚しても一時金はもらえる場合も
この妻は婚姻によって年金の受給資格は失うが、被災者の死亡当時生計を維持していた配偶者であったことには間違いないので、『遺族補償年金差額一時金』の資格順位としては依然として①位だ。
つまり、1000日分のうち妻が年金として受取りそこねた分は、その妻が一時金として受取ることになる。
一見不条理な気はするが、妻は元々『遺族補償年金』を受けていたのだから、すでに再婚を考えていたとしても、もらおうと思えば最初から自分の判断で前払一時金1000日分はもらうことはできたのだ。
これをあえてもらわずに再婚したからといって1000日分に満たなかった分が他の人にわたるというのも、公平でないとは言えるだろう。
労基法の基準は下回れない
・ 遺族補償は最低1000日分
どうしてここまで『1000日分』にこだわるのかというと、労働基準法が1000日分を保証しているからだ(₁₂₁.労基法の災害補償は6種類)。
労基法の災害補償をカバーする労災保険としては、これを下回るわけには行かない。前回紹介した遺族補償年金の『前払一時金』も同じ趣旨だ。
『平均賃金』と『給付基礎日額』との相違・特別支給金の有無などの違いはあるが、死亡当時の受給権者が受取れる金額が労基法の『1000日分』を割り込むのは何としても避けたいというところなのだろう。
・ 障害補償は最低1340~560日分
振り返って『₁₇₂.労災の障害年金は1級313日分』で触れたように、障害補償年金にも受給者死亡の場合、一定の遺族に『障害補償年金差額一時金』が支給される仕組みがあった。
この『一定の遺族』の範囲や順位も『遺族補償年金差額一時金』と同じで、支給額も1級1340日分~7級560日分と『労基法上の最低基準』に達しなかった分だった。
このように、労災保険法は労働基準法とは別の法律とはいっても根っこは一緒なので、たまに労働基準法の数字がひょっこり顔を出す。