『マルチジョブホルダー』という名称だけ聞くと、いかなる仕事も完璧にこなすレオナルド・ダ・ヴィンチのようなマルチ天才を想像するかもしれないが(しないか)、そうではない(中にはそういう人もいるかもしれないが)。
65才以上なら、2つ合わせて雇用保険の道も
これは2022年から始まった雇用保険の新しい制度で、2つ以上の職場(正しくは事業所。以下同じ)で仕事をしている65才以上の方について、週5時間以上20時間未満の仕事2つを合計すると20時間以上になる方にについては『申出』によって、雇用保険への加入を認めるというものだ。
法律上は『特例高年齢被保険者』といい、実際の加入要件は次のようになる。
① 雇用保険が適用される2つの職場に
② それぞれ週5時間以上20時間未満の所定労働時間で雇用され、
③ 2つの職場の所定労働時間の合計が週20時間以上になる
④ 65才以上の方本人が
⑤ 一定の書類を添えて
⑥ ハローワークに申出をすると、
⑦ 申出をした日から
⑧ マルチジョブホルダー(特例高年齢被保険者)になる。
以下、ムダに字数が増えるのを避けるためこのページでは、『所定労働時間週○時間』を単に『○時間』、『所定労働時間』をただの『時間』とする。
・ 2つの合計が20時間以上
名前のイメージからは3つ以上の合計でもよさそうだが、『8時間の会社3つ掛け持ちで24時間』など、そのうち2つを合計して20時間に達しない場合はダメだ。
また、合計する対象となるのは5時間以上の職場に限るが、第3の職場も無関係ではなく、給付の際には重要になってくる。
65才以上の普通の雇用保険との違い
65才以上の方も、1つの職場で20時間以上なら若い方と同じ条件で雇用保険に加入することになるが、この場合との違いは次に示す。
・ 本人の申出が要件
普通の雇用保険の要件を満たす場合は、事業主が資格取得の届出をする(しなければならない。社労士が代行することもある。)。前にも書いたが本人の意思には関わらずだ。だから、従業員はそんな届出作業が水面下で?進行していることなど意識していないのが普通だ。
これが『マルチジョブホルダー』の場合は『申出』が要件だ。他の要件を満たしたときに本人が自分でハローワークに行って申出しなければならない。もちろん他の要件を満たしていても、申出するしないは自由だ。
その方が要件を満たしているかどうかは普通、会社は知らないし、申出の意思があるのかどうかも分からない。
・ 申出の日から加入
普通の雇用保険は条件を満たせば即加入となる。取得の手続は就職日より先にはできないので、たまたま就職日当日ドンピシャで届出した超迅速な場合を除いて必ず『さかのぼって加入』することになる。
マルチジョブホルダーの場合は『さかのぼって加入』ということはない。何年も前から要件を満たしていても、今日申出したのなら加入は今日からだ。
1社で離職した場合の給付要件は複雑
マルチジョブホルダーが離職した場合の給付については、普通の65才以上の方と同様一時金になる。ただ、この離職が2社同時か、1社のみか、1社の場合は他の職場があるか、ある場合はその時間数によっても給付の可否・給付額が変わってくる。
・ 2社同時離職なら2社分の給付
2社同時離職の場合は、給付額の基礎も2社の賃金額の合計による。
・ 1社のみ離職なら、他社での時間による
最初に申出した2社のうち1社のみ離職した場合には、他社での時間・第3の職場の有無・時間によって、状況はかなり変わる。
端的にいうと、
残った5時間以上の会社の時間を合計して、 ・ 20時間未満なら支給
・ 20時間以上なら不支給
ということになる。といってもなかなか分かりづらいので場面分けすると…
・ 1社のみ離職で、他の1社のみ継続なら、離職した1社分
2社だけで働いていて、そのうち1社を離職した場合は、離職時の給付の基礎は、離職した職場の賃金だけで算定される。
この場合、総労働時間は20時間未満になるので、マルチジョブホルダーの資格も喪失する。
・ 1社のみ離職で、第3の職場があるときはその勤務による
第3の職場がある場合は、
・ 第3(以降)の職場が5時間以上か
・ 継続する5時間以上の会社の勤務が計20時間以上あるか
で回答が変わってくる。なぜ5時間以上か未満かにこだわるかというと、5時間未満なら合計する対象にならないからだ。
具体的に書いた方が分かりやすいので、例を示す。
○ A社で18時間
○ B社で10時間 ➡ B社離職 ➡ 給付対象外
○ C社で5時間
これは、3社で18時間・10時間・5時間の計33時間働いている場合だ。A社・B社を申告してマルチジョブホルダーとなっていたとする。
ここでB社のみ離職した場合、A社とC社で23時間。20時間以上残るのでマルチジョブホルダーの資格は喪失せず、給付も対象外だ。
○ A社で19時間
○ B社で10時間 ➡ B社離職 ➡ 給付対象
○ C社で4時間
この場合は同じ計33時間でも、C社は4時間なので、5時間未満は合計する対象にはならない。この状態でB社を離職すると残りはA社のみ19時間という扱いになる。
その結果、マルチジョブホルダーの資格は喪失し、給付の対象となる。
給付額はもちろん、B社のみの賃金額で算定される。
会社の対応は?
65才以上で20時間未満の従業員がいつマルチジョブホルダーとなるかは分からないので、会社がそれを知るのは冒頭の加入要件⑤『一定の書類』を対象者が求めてきたときだろう。
本人がマルチジョブホルダーを申出るには次のような会社の証明資料が必要だ。もちろん本人の分だけでいい。
・ 主な確認資料
○ 賃金台帳・出勤簿(原則、記載年月日の直近1ヶ月分)
○ 労働者名簿
○ 雇用契約書
○ 労働条件通知書・雇入通知書
○ 役員、事業主の同居の親族および在宅勤務者等は別途確認資料
・ 雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得届
これは、普通の『資格取得届』と書く内容はほぼ変わらない。