49.同居の親族が役員の場合

労働時間・休日規制の 例外1
       そもそも労働者でない 続き

ここまでの『労働者でない』方々をまとめると、次のようになる。

  労働者でない方          例外(労働者となる場合)
① 個人事業主             なし
② 代表取締役等、法人代表       なし
③ 取締役               あり
④ 監査                あり
⑤ 個人事業主や法人代表の同居の親族  あり
⑥ 家事使用人             なし
⑦ 業務委託              なし
 

同居の親族が取締役の場合は、労働者の可能性はない


 ここで、①~⑦の複合型を考えてみる。
 基本的にはそれぞれの要件を考えていけばよい。

 まず、例外のない①②⑥⑦がからんでいる場合は、絶対に労働者ではない。
 となると、例外があり得る③『取締役』や④『監査』と、⑤『個人事業主や法人代表の、同居の親族』の組合せだけ考えればいい。

 まず、同居の親族を労働者と認め得る条件として『雇用保険業務取扱要領』に、

・事業主と利益を一にする地位(取締役等)にないこと

が明記されているので、③と⑤の組合せ・同居の親族が取締役の場合は労働者ではない
 

同居の親族が監査の場合


 同様に、雇用保険の規定で考えてみる。
『給与の一策46.事業主の隣の息子は労働者』で触れたように、現在では中小企業が『監査』を置いていることは少ないが、④と⑤の組合せ・同居の親族が監査になっていた場合についても、『監査』は『取締役』に入り、実務的には労働者と認められることはないだろう。

 以下は、私見を交えた話になるので、忙しい方や思考を乱されたくない方は読み飛ばして頂いて結構だ。

 実は、この場合は微妙だ。
 まず、個人事業には監査はいないので、法人代表の同居の親族が監査のときということになる。

 ここで、『監査』は、法人の利益のため取締役を指導する立場にあり、当然取締役(代表取締役を含む。)個人と利害が相反することもある。

 普通に考えれば『監査』は取締役以上に、法人である事業主(法人の事業主は法人そのもの)と利益を一にするので、取締役以上に労働者ではありえないというのが結論になる。

 ただ、雇用保険はこれまで見てきたように自ら『業務取扱要領』で、『形式的には法人であっても、実質的に代表者の個人事業と同様と認められる法人の代表者の同居の親族も、原則、被保険者としない』としていることから、こうした『法人の代表者』を事業主とみなすことにしているといえる。
 実際には、中小企業の場合、法人の代表者が『事業主』とみなされる。

 ここで、中小企業の代表者の同居の親族たる監査であっても、あくまで監査は法人全体の利益を求めなければならず、代表者と利益を一にする地位にはない(法人の監査に就任している以上、そうであってはならない)ことが重要だ。

 つまり、『業務取扱要領』に即して考えると、中小企業における監査は事業主(法人代表)と利益を一にする地位にはないので、その方の労働者性如何(いかん)では労働者となる可能性もあることになる。

 ただ、これはあくまで理屈の上の話で、実務的にこうした状況を扱ったことはない。
 役員を原則『労働者』から排除した趣旨から考えても、さらに否定条件が加わった同居の親族たる役員の地位が、法人と利益を一にしようと、法人代表と利益を一にしようと、そこから労働者性を見いだすのは極めて難しいとは言える。
 

代表取締役が労働者?


 何度も述べたように、個人事業主や代表取締役などの法人代表がその事業において『労働者』となることはない。これに例外はない

 少し前、『代表取締役』が労災認定された(2021.08.04さいたま地裁)というニュースがあった。労災認定されたということは『労働者』だったことになる。

 この事件は、会社と任用契約を結び名目的な『代表取締役』とされていた男性が交通誘導業務等に従事後、自宅で脳出血を起こし、障害が残り、労災請求したところ所轄労基署長が不支給処分とし、審査請求でも変わらなかった。そのため地裁に提訴したところ、男性の労働者性が認められ、労災の『障害補償給付』不支給決定が取消されたものだ。

 ただ、この判決では、この任用契約をその実態から『虚偽表示』と判断した。
 判決は、『原告が○○の代表取締役に就任することが合意されたとしても、それは、原告の地位又は権限に変更がないことが前提するものであり。代表取締役の任用契約としては、原告と○○が通じてした虚偽の意思表示であり、無効』としている。
 

・虚偽表示

 『虚偽表示』とは、平たく言えば『示し合わせたウソ』で、民法上は『表意者が相手方と通じてした虚偽の意思表示』であり、当事者間では『常に無効』ということになっている。
 この場合でいうと、男性を『代表取締役』とした会社と男性の契約は無効。つまり『代表取締役でなかった』ことになる。そうなると実態に即して『男性は会社の労働者』となる。
 決して、『代表取締役が例外的に労働者と認められた』わけではない

 さて、こうなると、労基法上も民法上も、会社は男性に『災害補償』しなければならない。
 ここまでは会社と男性の関係なので、これはこれでよい。

 問題は、男性と労災保険の保険者たる『国』の関係だ。『国』は、『男性が代表取締役であることが虚偽』だということを知らなかった。
 『虚偽表示』の場合、民法上『善意の(そのことを知らなかった)第三者に対抗できない』ことになっている。法的安定性を損なうからだ。
 『国』が、「オレは善意の第三者なので、後から労働者だと分かったところで労災保険は出さないよ!」と言うことはないのだろうか。

 結論を先に言うと、その心配はない。
 労災保険は、労働基準法の特別法という関係から、『労働者』の定義は全く同じなので、労働基準法上の労働者であれば、必ず労災保険上の労働者ということになる。
 従って、もちろん受給に際しての他の要件が全てととのっていることが前提だが、こういう場合でも、いったん『労働者』という結論が出れば、必ず労災保険の適用になる。

 

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※ 訂正
『虚偽表示』17行目
ととのってて ➡ ととのって    '23.05.12

2023年05月09日