前回最後に、(賃金総額を正確に算定することが)『困難でない場合は、その賃金総額によることに法律上はなっている』と、奥歯に魚の骨がはさまったような言い方をしたのは次のような現実があるからだ。
法律上は賃金額から求めるのが原則だが…
前回見たように建設業の労災保険料の算定は、実際の賃金額によるのが原則だが、困難な場合は例外的に請負金額によって算定。という関係になる。
しかし実務的にはこの原則―例外の関係は完全に逆転していて、実際の賃金額による算定は滅多に見ることはない。前述したように、実際の賃金額を正確に算定するのは非常に困難だからだ。
各労働局の発出文書を見ても、『例外』の請負金額による場合は普通に労働局から送られてくる一括有期事業報告書と一括有期事業総括表に数字を埋めていけばいいが、法律的には原則のはずの賃金総額による算定の場合は、労働局によっては下記の書類が必要になる。
・ 賃金総額で申告する場合に必要となり得る書類
・ 支払賃金報告書
・ 賃金集計表
・ 各下請の賃金台帳の写し
・ 工事期間内の下請の賞与支給の有無
・ 上記下請の賞与がある場合はその金額
・ 下請の従業員が月途中で所属現場を移動した場合は、現場ごとに日割計算
・ 次の関係帳簿書類の完備・工事終了後3年間保存
○ 工事請負契約書
○ 外注契約書
○ 工事工程表
○ 全協力業者(下請・孫請等)の系統組織図
○ 工事日報
○ 安全日誌等
相当面倒なことになるのは想像がつくだろう。
実際問題、現実の賃金額から労災保険料を算定するのは非常に困難を伴うことは覚悟しておいた方が良い。
『一括有期事業』は継続事業扱い
ということで、『例外』にして一般的な『請負金額で保険料を算出する場合』の話だ。
いうまでもなく建設工事は期間が限られる『有期事業』だ。工期が終われば事業は終了する。難しい工事が終わってしばし感慨にふけることはあるかもしれないが、もはやそこに仕事はない。メンテナンス等はまた別の話になる。
事業は場所的概念で決まる。建設工事は当然それぞれ別の場所で行うので、それぞれ別の事業ということになる。原則的にはそれぞれの工事を1つ1つの事業として保険関係を成立させなければならない。
・ ドア調節でも、立派な元請工事
ただ『有期事業』にも色々あって、10年以上の歳月と数千億円以上の費用をかけるダムやトンネル・橋梁工事もあれば、ちょっと行って税込2,200円即金でもらうドアの調節工事まで様々だ。
2,200円のドア調節工事でも、発注者から直接頼まれたのなら『○○邸寝室ドア開閉調節工事』等の名が付く立派な『元請工事』だ。しかしそんな細かい工事まで1つ1つ別々に保険を成立させなければならないとすると不便なことこの上ない(おそらく受付ける監督署もパンクする)。
・ まとめれば継続事業
そこで、年間継続(断続ではダメ)してこうした『有期事業』を行なっている事業主は、これを一括した『一括有期事業』とすることができる。
『一括有期事業』は労働保険の申告に関しては『継続事業』扱いとなるので、普通の継続事業と同様に年1回、前年度の確定保険料と当年度の概算保険料を申告・納付する。
この場合、まず年度ごとに終了した元請工事の請負金額(税抜き)を工事の種類ごとに合計し、種類ごとの『労務費率』(₁₉₄.建設業の労災保険料は元請が払う)をかけて『賃金額』を算定する。これを『一括有期事業報告書』という。
建設業の『種類』と労務費率・労災保険率
建設業と一口に言ってもその『事業の種類』は大きく8つに分かれ、種類ごとに労務費率も労災保険率も違う(たまたま同じことはある)ので、それぞれの工事を次の示す『工事の種類』ごとに分けて集計することになる。
・ 建設業の『種類』と労務費率・労災保険率
事業の種類 労務費率 労災保険率(‰・千分率)
① 水力発電施設・ずい道等新設事業 19% 34‰
② 道路新設事業 19% 11‰
③ 舗装工事業 17% 9‰
④ 鉄道又は軌道新設事業 19% 9‰
⑤ 建築事業(⑥以外) 23% 9.5‰
⑥ 既設建設物設備工事業 23% 12‰
⑦ 機械装置の組立・据付の事業 21% 6‰
⑧ その他の建設事業(土木工事等) 23% 15‰
ちなみに以前は各々の有期事業(工事)を開始したとき翌月10日までに『一括有期事業開始届』が必要だったが、2019年に廃止された。
『一括有期事業報告書』ができたら次に、各々労災保険率をかければ労災保険料が出るので、『一括有期事業総括表』で、確定保険料が算定できる。
・ 開始年度の労務費率・労災保険率で保険料決定
ここで『総括表』の各『事業の種類』が3つか4つに分かれているのはなぜか。
一括有期事業の労災保険料は、その年度に終了した工事の分をまとめて計算するが、前に述べたように、労務費率や労災保険率は数年度ごとに改定される。1つの工事の労災保険料は、その工事の開始年度の労務費率・労災保険率によって決定するのだ。
だから『総括表』は、その工事の開始年度の労務費率・労災保険率ごとに分けて算定しなければならないことになる。
2024年度から大きく変わったのが『水力発電施設・ずい道等建設事業』で、労災保険率が24年4月1日午前0時をもって1000分の62から34にほぼ半減した。
中小建設業者がこうした事業や数年度に及ぶ工事の元請になることはあまりないかもしれないが、年度の境目、特に労務費率や労災保険率が変わる場合は気を付ける必要がある。
たとえば土木工事の労務費率も24%から23%に下がっている。
25年度の年度更新では、24年度に終了した工事が確定保険料の対象になるが、このうち『24年3月30日開始』など23年度に開始した工事は24%のままで算定する。
もちろんたまたま労務費率にも保険料率にも変動がなかった事業でも、開始年度に分けて集計しなければならないのは言うまでもない。
一括できる有期授業には要件がある
建設業の場合、一括できる有期事業には規模の要件があって、その事業(工事)の
・ 概算保険料が160万円未満
・ 請負金額が(税込)1億8000万円未満
の、両方を満たさなければならない。
ただ、上の水力発電等の特殊な工事を除いて労災保険率が最も高い土木工事(その他の建設工事)でも、労務費率23%・労災保険率15/1000なので、税抜1億8000万円の工事の概算保険料は
1億8000万円 × 23% × 15/1000 = 62万1000円
となり、160万円はかなり下回る。普通の工事なら『税抜き請負金額1億8000万円』の基準だけ覚えておけば良い。