年次有給休暇と時季変更権
ここからしばらく、年次有給休暇の話になる。
基本的には使用者は、請求された時季(誤字ではありません。)に年次有給休暇を与えなければならない。
ただ、『請求された時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季に与えることができる』ことになっている。これを『時季変更権』という。
・時季変更権は『伝家の宝刀』
時季変更権は『伝家の宝刀』で、ちょくちょく使うことはできない。代替要員の投入とか、ありとあらゆる可能性を吟味し、それでも絶対
『その方に、その日にいてもらわないと業務が正常に回らない』
という客観的な根拠がある場合にだけ『時季変更権』が認められる。
慢性的に人手不足の会社で『明日も忙しいから、もう少しヒマなときに取ってよ。』というのはダメだ。
ただ、次のような場合は考えられる。
ある劇団(会社組織)に所属する、翌日の公演で主役を演じることになっている方(北島さんとしよう。理由はない。)が、当日の年休を申請した。
普段から真面目一筋の北島さんがこんな時にこんなことを言い出すのはよほどのことだろうと思って会社側が理由を聞くと、
『遠方に住む母親が危篤で、明後日まで持つかどうか分からないとさっき連絡があった。
生きているうちに一目会いたい…』
ということだ。
これはどう考えても尋常の場合ではない。予定の主演女優不在の批判を承知で、断腸の思いで年休を取らせた。急遽代役を立て、公演自体は何とか決行することにした。
説明するまでもないと思うが、舞台俳優というのは属人的な部分が大きいので、代役がそれなりに頑張ってくれたとしても、そうそう『事業が正常に運営』できるものではない。
ここで、北島さんが普段からチャランポランな方なら(そんな方が主役を張れるかという問題には、ここでは触れないことにする。)、会社側も理由を聞くようなこともせず『何またバカなことを言ってるんだ!』と一喝。一方的に『時季変更権』を行使したはずだ。
年休の『時季変更権』は、前述したように、請求された時季に年次有給休暇を与えることが『事業の正常な運営を妨げる場合』にのみ認められる。
劇団の公演で主役が不在というのは、誰が考えても『事業の正常な運営を妨げる』客観的な根拠のある場合に該当するだろう。時季変更権を行使されてもやむを得ないところだ。
『慶弔休暇』というのは法定外休暇の1つとして民間事業所でも規定してあるところは多いが、『危篤休暇』というのはあまり聞かない。
『年次有給休暇の理由を聞』くのは許されるのか?
この状況下、会社が批判覚悟で年休を認めたのは美談といえば美談だが、ここで問題なのは、会社側が『理由を聞』いた場面だ。
年次有給休暇は、理由を問わずに取得できるのが基本だ。遊びだろうがデートだろうがちょっと疲れて寝ていたい…だろうが、理由を詮索される筋合いはない。
最高裁の判例でも『有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である。』ということになっている。
一般的に、年次有給休暇取得の理由を聞いて、これを認めるとか認めないとかの判断をすることは許されない。
しかし、普通であれば『事業の正常な運営を妨げる』ので、年次有給休暇の時季変更権を行使して当然という状況でも、この場合のように、事と次第によっては請求通り年休を認めざるを得ない場合もある。
こういった、『普通なら時季変更権行使!』の場合に、これを覆すほどの事情かどうか質すことは認められる。というのが一般的だ。これは労働者の利益にもつながることだからだ。
まあ、それほどの事情があるのなら、北島さんも聞かれる前に理由を言った方が話はスムーズだったとは思うが。
年次有給休暇の趣旨は疲労回復
ここでは肉親の危篤の例を挙げたが、年次有給休暇になぜ『時季変更権』という規定があるのかというと、『年次有給休暇』の趣旨そのものに由来する。厚労省は、年次有給休暇の趣旨を、
『労働者の心身の疲労を回復させ、労働力の維持培養を図るため、また、ゆとりある生活の実現にも資するという位置づけから、法定休日のほかに毎年一定日数の有給休暇を与える制度』
としている。つまり、『心身の疲労回復』が最大の眼目であって、『はずせない予定が入っていて、その日は会社を休まなければならない』というのは、年次有給休暇の本来の趣旨ではないのだ。たとえば、
・『ちょっと仕事が続いて体がきついから少し休みたい。この日は家で寝てます。』
とか
・『このところ精神的に疲れてるので、気晴らしのために10日間ほど旅に出てきます。』
とかいう(『言う』ではない。上で書いたように基本的には『言う』必要はない。)のが、教科書通りの年次有給休暇の使い方ということになる。
こういった理由であれば、多少日程がずれても問題はないはずなので、『事業の正常な運営を妨げる』場合は『他の日に移動してね!』という時季変更権が認められるというのもうなづける。『時季変更権』の『時季』が『時期』でないのも同じ理由による。
もちろん、『年次有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところ』なので、何に使っても問題ないのは何度も述べたとおりだが、こうした『法の趣旨』を知っておくのもムダではないはずだ。
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年次有給休暇と時季変更権 ➡ 有給休暇の理由を聞くのはアリ? '24.10.26