下請にも責任はある
建設工事は元請が事業主扱いという話をすると、早とちりして《建設工事の労災事故は、元請がすべて責任を負うもの》と思う人がいるが、これはあくまで労災保険の保険料算定や保険給付の話だ。
・ 労働契約に伴う責任は下請にも
労働契約法第5条は
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
と規定する。もっともこの規定は労働契約法ができるはるか以前から『安全配慮義務』として定着していたものだ。
下請の従業員の労働契約の相手は下請であって元請ではない。従業員にとっては、自分の事業主がたまたまその元請と請負契約を結んだにすぎず、直接の使用者はあくまで下請だ。
従って、労災事故が起こった場合も、下請に安全配慮義務の違反があれば、その事業主に対しても賠償請求できることになる。
建設業における元請の責任は非常に重いことは事実だが、下請にもそれなりの責任があることは心得ておかなければならない。
下請分離の基準
さて、前に書いた(₁₉₅.建設業の労災保険料申告)で『有期事業の一括』ができる基準
概算保険料が160万円未満 かつ 請負金額が(税抜き)1億8000万円未満
は、他のところでも顔を出す。
前回述べたように、建設業の労災保険の適用については『元請が事業主』であり、下請の事業の規模がどんなに大きくても、基本的には下請は下請だ。
ただしここで、
① 下請が担う事業が一定規模以上の場合、
② 保険関係成立(工事開始)翌日から10日以内に
③ 元請と下請が『下請負人を事業主とする認可申請書』を労働局長に提出し、
④ 厚生労働大臣の認可があったとき
は、その下請を元請から分離して事業主とすることになっている。これを『下請分離』というが、①下請分離の要件となる『一定規模以上』が、
『有期事業の一括の要件』に該当する事業以外の事業
ということになっているのだ。つまり『有期事業の一括』の基準の否定なので、
概算保険料が160万円以上 または 請負金額が(税抜き)1億8000万円以上
ということになる。この規模になると、申請ー認可の手続きを経て、下請が独立した保険関係を結ぶことも可能になる。
ジョイントベンチャーの場合の労災保険料
建設業の場合、元請ー下請の関係ではなく、企業と企業(事業主と事業主)が対等の形で『共同企業体』として受注し、施工にあたることがある。これがジョイントベンチャー(JV)だ。
ここでは特定の工事の施工のために共同して工事にあたり、工事が終われば解散する『特定JV』に話を絞る。
JVで工事にあたる場合は労働安全衛生法(以下『安衛法』)上そのうちの1人を代表者として定め(定めないときは都道府県労働局長が指名)、その代表者のみがその事業の事業者となり、そのJVの事業に従事する従業員はその代表者が使用する労働者とみなして安衛法を適用することになっている。
労災保険関係はどうなるかというと、代表者となった事業者にしてもそれ以外の事業者にしても、自分のところの『有期一括事業』に一括させることはできず、1つのJVごとに『有期事業の保険関係成立届』を提出しなければならない。
これについては工事の請負金額には関わらないので、たとえどんな小さい工事でも(そんなに小さい工事でわざわざJVを組むことは普通ないだろうが)単独有期事業になる。
したがって、その単独JV工事の労災保険料は代表者が支払い、それ以外の企業は、普通はその企業の労災保険料分を代表者に支払うことになるだろう。
つまり、いずれにしても関係企業の元請工事経歴にJVが含まれる場合は、JV分の労災保険料は別に申告・納付されているはずなので、『一括有期事業報告書』で重ねて申告・納付する必要はない。
『場所が違えば別の事業』が原則
労基法上、事業所は場所的概念で分けるので、同じ法人が別々の場所に事業所を持っている場合、労働保険料も基本的に別々の事業所として申告・納付する。
ここで『基本的でない』場合はどういう場合かというと、出張所などで著しく小規模で独立性のない場合で、この場合は直近上位の機構と一括して1つの事業所として扱うことができる。
具体的には、新聞社の通信部などがあげられる。
複数業種の場合は『主たる事業』
1つの事業所で複数の業種を行なっている場合はどうするのか。たとえばよくあるのが1つの事業所内で食料品を製造して小売販売もしている場合だ。
こうした場合は、その事業所で行っている『主たる事業』によって、その事業所の業種を確定させることになる。ただ、何をもって『主たる事業』とするのかについては疑問が残る。
これについては普通あり得ないことのようにも思われるが、各労働局によっても違いがあるようで、売上で判断する場合と人数で判断する場合があるようだ。
『売上で言っても従業員の人数で言っても圧倒的に食料品製造業、あるいは小売業の方が多い』という場合ならいずれでも問題ないが、これが逆転する場合は迷うことになりそうだ。
こうした場合は『売上率及び人員比率により総合的に判断』するということが多い。