労災保険と雇用保険の保険料を別々に申告・納付する『2元適用事業』の中でも、建設業の労災保険料の算出方法は独特だ。
まず、建設業については工事の労災保険料を元請がすべて負担し、労災時の保険給付も元請の労災を使うことになっている。これはなぜか?
・ 発注の分散は非現実的
たとえばAさんが《マイホームを建てよう!》と思い、
《整地作業はB土建に頼もう。基礎工事はC社にお願いし、建物本体の建築工事は定評のあるD建設。配管工事は作業の丁寧なE配管に依頼し、電気工事は付き合いのあるF電設。塗装は個人事業だが面倒見のいいG塗装。建具はH工務店がよさそうだな。屋根はI板金に頼もう》
と考えてそれぞれに直接依頼し、それぞれ見積もりを取り報酬を支払うことにしたとする。
この場合、B土建・C社・D建設・E配管・F電設・G塗装・H工務店・I板金は、すべて元請だ。
ただ、こうした方法は一般的でない。Aさんが業界の事情や作業の段取り・建設業に関する労働法にも精通していて、技術的にも自分で最適で精密な設計図が書け、各々の業者の日程調整も完璧にでき、天候等によるリスケにも即座に対処できるくらいの人でない限り非現実的だ。
使うのは元請の労災保険
普通はたとえ注文住宅でもD建設に発注して、D建設がB土建・C社・E配管・F電設・G塗装・H工務店・I板金等、各専門分野の建設業者に各々作業を要請。Aさんは、工事代金を一括でD建設に支払う…というのが一般的だろう。
この場合、B土建・C社・E配管・F電設・G塗装・H工務店・I板金等は、D建設から仕事を請負った『下請業者』ということになる。このB土建・C社・E配管…等が、その作業の中でもさらに専門的な技術を必要とする箇所がある場合等は、そのまた下請業者に部分的に工事を依頼することもあるだろう。
・ 重層下請構造
こういうのを、聞いたことがあると思うが『重層下請構造』という。各々その道のスペシャリストが工事してくれるので、信頼できる業者を選べば発注した側としては安心だ。
が、いざ労災事故が起こった場合は保険関係の責任の所在があいまいになる恐れはある。
そこで、労災保険の適用に関しては、保険料の納付も給付関係も一切元請が面倒を見ることになっているというわけだ。
元請は賃金を知らない
ただ、ここで1つ問題がある。
労災保険料は基本的に『賃金総額の1000分の○○』と規定されるが、元請は下請や孫請がそこの労働者にいくら賃金を支払っているのか知らないのが普通だ。
原則から言えばこの場合元請は、自分と下請・孫請…がそれぞれの労働者に支払った賃金額の合計をもとにして労災保険料を計算すべきかもしれないが、賃金を知らなければ支払うべき労災保険料を計算できない。
・ この工事の分はいくら?
さらに、仮にきちんと下請・孫請…が支払った賃金額を知ることができたとする。
それでも、建設業の下請・孫請…は、あちこちの元請のところで仕事をし、並行して自社が元請となる仕事もしているのが普通だ。そうなるとトータルの下請の賃金は分かっても、そのうちいくらが自社が元請となった工事の賃金に含まれるのかは、なかなか特定できない。
それでも給与の支給が時給なら時間で区切って『どこの元請での仕事の賃金が○時間分でいくら』と算定できるかもしれないが、月給のところも多い。
・ 残業の割増分はどっちに?
さらに、時給でしっかり記録が取ってあっても問題が起こる可能性はある。
たとえばある下請会社の1人の従業員Jさんの時給が1,500円(基礎賃金も同額)だったとする。この下請会社はある日、D建設の現場で5時間仕事をしたあと、K建設の現場でも5時間仕事をした。
Jさんはこの下請会社でこの日10時間働いたので、その下請け会社はこの日の分として
1,500円/h × 8h + 1,500円 × 1.25 × 2h = 15,750円
をJさんに支払うことになる。
ここまでは36協定を結んでいれば何の問題もない。
ただ、ここで元請の支払うべき保険料のもととなる賃金として、D建設分が前半5時間分で7,500円・K建設が後半5時間分で8,250円というのも釈然としない。
『請負金額』×『労務費率』で、総賃金額を算出
こうした困難を伴うのが普通なので、建設工事の労災保険では、統計的な推計から『請負金額に対する平均的な賃金の率』(『労務費率』という)を工事の種類ごとに決めておき、賃金総額を正確に算定することが困難な場合には、請負金額から直接総賃金額を算出してよいことになっている。
現在、一般建築事業の労務費率は23%ということになっているので、冒頭のD建設の場合なら、請負金額が消費税込み3300万円だったとすれば、本体価格(税抜きの請負金額)が3000万円なので、この工事に関する賃金額は
3000万円 × 23% = 690万円
と推定し、さらに一般建築事業の労災保険率は現在1000分の9.5なので、
690万円 × 9.5‰ = 6万5550円
が労災保険料になる。
もちろん『賃金総額を正確に算定することが困難』でない場合は、その賃金総額によることに法律上はなっている。