₁₇₉.長時間労働と労災



 前回業務上の精神障害のところで最後に『予防が第一』と書いたが、実際の労災認定はコトが起こった後なので、疾患ごとの基準の話になるのは仕方ない。

 ただ精神疾患脳血管疾患及び虚血性心疾患(以下『脳・心臓疾患』)については長時間労働との関連が大きいことがハッキリしているので、残業時間の程度ごとにどういう規制がありどんな疾病の危険があるのかを知っておくほうが『予防』のためには現実的だ。

 そういうわけで今回は、残業時間ごとの規制や基準を見ていくことにする。
 

脳・心臓疾患の労災認定

 
 その前に、脳・心臓疾患の認定基準についても軽く触れておく。脳・心臓疾患の場合は発症直前の期間を3つに分け、各々の期間の業務による明らかな過重負荷を評価し、これを総合判断する。この3つの期間とは次の通り。

発病前の期間         業務による過重負荷
おおむね6ヶ月間    激しい疲労の蓄積をもたらす過重な業務に就労
  ”  1週間     特に過重な業務に就労
前日から直前まで    異常な出来事に遭遇
 

 ここで『過重な業務』は長時間労働をはじめとして拘束時間の長い業務・休日のない連続勤務等、『異常な出来事』は極度の緊張・興奮・恐怖など強度の精神的負荷を引き起こす事態などが挙げられている。

 業務による脳・心臓疾患による突然死は『カロ―シ』として、日本発の不名誉な外来語となったことでも有名だ。
 

認定基準の『時間外労働』は、週40時間超

 
 月の『時間外労働』といっても労基法と認定基準等では意味が違うので、先に書いておく。
 

・ 労基法では法定労働時間を超えた時間

 
 『時間外労働』は労基法上は『法定労働時間』を超えた時間だ。普通は1日8時間・週40時間を超えた時間となるが、特例事業(54.週44時間の特例事業)なら週44時間を超えた時間になる。
 また、農漁業は労働時間の規制がない(53.『管理職=管理監督者』ではない)ので『時間外労働』はあり得ない。

 もう1つ、労基法上は時間外労働は時間外労働・休日労働は休日労働で全く別の話になるので『時間外労働』と言った場合は休日労働は含まない
 

・ 労災認定基準では月40時間を超えた時間

 
 対して労災の認定基準や安衛法では、

『時間外労働時間』= 1週間当たり40時間を超えて労働した時間数

と定義するので、特例事業や農漁業でも週40時間を超えた分は『時間外労働』となるし、休日労働も『時間外労働』だ。逆に1日8時間を超える日があっても週あたり40時間に収まっていればカウントしないことになる。

 これを『時間外労働』と呼ぶのは混乱の元だが、認定基準自体がそうなっているので文句を言っても仕方がない。
 

『時間外労働』の基準

 
 それでは、月の『時間外労働』ごとに、規制・基準がどうなっているかを見ていこう。


・ 30時間

労基法

 月30時間で何かの規制にぶつかるわけではないが、普通の36協定での限度は『年360時間』なので、年間通して繁閑の少ない業種なら『月30時間』をメドにしておかないと、年間の基準を超えてしまう。1日平均にすると1時間半程度だ。
 

・ 45時間

 
労基法

 45時間は普通の36協定の限度なので、多い月でもこの時間内に収めなければならない。これを超過する場合は『特別条項』付の36協定が必要で、そのときでも年6回が限度だ(特別条項付協定には他にも要件がある)。

労災認定基準

過去1~6ヶ月平均45時間以内なら脳・心臓疾患との関連も『弱』だが、45時間を超えると徐々に、脳・心臓疾患と業務との関連性が強まる。
 

・60時間

 
労基法

 割増賃金は60時間までは基礎賃金の25%(以上)だが、60時間を超えると50%(以上)必要になる。代替休暇(18. 60時間超の割増賃金引き上げと代替休暇)を与える場合は25%割増でよい。

 また、特別条項付36協定でも年間最大時間外労働は720時間なので、時間外労働の平均は月60時間が限度になる。これはあくまで『平均』の話で、実際に各月60時間だと、『45時間超は年6回まで』の規定に抵触するのでOUTだ。
 

・ 75時間

 
労基法

 労基法のどこにも『75時間』という数字は出てこないが、特別条項付36協定で45時間を超えられるのは最大6回なので、他の6ヶ月は45時間とすると、残りの6ヶ月を平均すると75時間が最大限になる≪(720h-45h×6)/6=75h≫。
 

・ 80時間

 
労基法

 『時間外労働+休日労働』について、連続2~6ヶ月平均の限度は80時間以内となっている。

労災認定基準

 過去1~6ヶ月平均で月80時間を超えると脳・心臓疾患と業務との関連が『強』と評価される。要するにいつ過労死が発生してもおかしくない。

 また、単月でもおおむね80時間以上の場合は、精神障害に関する心理的負荷が『中』と評価される。

安衛法

 月80時間を超えた場合、事業者は当該労働者に『超えた時間に関する情報の通知』を速やかに行わなければならない。
 また、当該者から申出があったときは面接指導を行う必要がある(研究開発業務等除く)。
 

・ 100時間

 
労基法

 単月でも『時間外労働+休日労働』の限度は100時間未満なので、100時間キッカリだと即違法ということになる。

労災認定基準

 単月でも100時間を超える場合は脳・心臓疾患との関連が『強』と評価される。

 また精神障害について、直前3ヶ月連続でおおむね100時間を超える場合、業務との関連が『強』と判断する。

 さらに、おおむね月100時間で『恒常的長時間労働』とされ、その状況下で心理的負荷が『』や『』の出来事があり、その後に精神障害が発症した場合は業務との関連が『強』とみなされる。

安衛法

 前項の研究開発従事者について月100時間を超えた場合、申出の有無に関わらず面接指導を実施しなければならない。
 

・ 120時間

 
労災認定基準

 精神障害の発症直前に2ヶ月連続でおおむね120時間以上の場合は、業務との関連が『強』とする。
 

・ 160時間

 
労災認定基準

 おおむね月160時間を超える場合や、もっと短い期間でもこれと同程度(3週間で120時間以上など)の場合を『極度の長時間労働』とし、それだけで業務による精神障害に関する心理的負荷が『強』とされる。

 週40時間の通常勤務の方から見たら、残業月160時間というと週約80時間労働。フルタイム2人分の労働を1人でこなしていることになる。これでは睡眠・食事・排泄等、生命の維持に最低限必要な時間も取れない。これで精神がやられない方が異常な状態と言えるだろう。

 

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2024年10月15日