₁₆₉.給付基礎日額と平均賃金



・ 労基法の災害補償と労災保険

 
 労災保険は業種と従業員数によっては加入が任意となる場合もあるが、労働基準法の『災害補償』を免れる場合はない。法の建付け上は労働基準法の災害補償を確実に履行するための保証が『労災保険』ということになる。

 ただ『労災保険』は、前に述べた通勤災害のように、会社に『損害賠償責任』が発生しないときでもこれをカバーするし、業務災害についても労働基準法の定める基準を大きく超える補償を用意している。

 そのため、災害補償といえば労災保険という認識が広がったものといえる。労災保険制度の浸透は喜ぶべきことだが、使用者の労働者に対する損害賠償責任保険という基本が忘れられるのは困る。
 

・ 労基法による災害補償

 
 労働基準法に規定する災害補償については、

ー ₁₂₀.労働基準法の災害補償 ー
ー ₁₂₁.労基法の災害補償は6種類 ー
ー ₁₂₂.休業補償に休日はない ー

で触れたが、ここでは、労基法の災害補償と労災保険の給付では何がどれくらい違うのかを考えてみる。
 

労基法より手厚い労災保険の補償

 
・ 『日額』の出し方がちょっと違う

 
 たとえば、労基法の休業補償は『平均賃金の6割』だが、労災保険の休業補償給付は『給付基礎日額の6割』だ。

 ここで『給付基礎日額』は、基本的計算方法は平均賃金と同じだが、細かい点で微妙に違っているので、実務上は別物と思っておいた方が間違いない。

 そこで今回は、『平均賃金』と『給付基礎日額』の違いに絞って考える。
 

労災保険の『給付基礎日額』は『平均賃金』とは違う

 
 『給付基礎日額』は、労働者の、休日もならした1日当たりの賃金という点では『平均賃金』と同じだが、次のような特徴がある。
 

・ 計算期間等は『平均賃金』と同じ

 
 基本、事由発生日前3ヶ月間(給与〆日がある場合は直前の〆日以前3ヶ月間)の日数と給与を計算に使うという基本は、平均賃金と変わらない。
 また、基本の計算期間を3ヶ月取れないときの運用も、平均賃金のときと同じだ。
 

・ 円未満切上げ

 
 平均賃金のときは、最終的な日額の端数処理は『銭未満切捨て』だった。
 これが『給付基礎日額』の場合は、『円未満切上げ』になる。

 実際には後で触れるように、この差が劇的な効果を演じることはそう考えられないが、考え方としては被災者よりの姿勢は感じられる。
 

・ 最低保障額がある

 
 『労基法の休業補償でも、平均賃金算定の際に労働日数に応じた最低保障があるだろう』と思うだろう。『給付基礎日額』も元は平均賃金なので、労働日数による『最低保障』が基本を上回るときはそれを使うのは同様だが、これはその話とは意味が違う。

 最低の『給付基礎日額』がバーンと決まっていて、給付基礎日額がこれを下回ることはないことになっているのだ。

 現在この金額は4,090円('24.8.1から)となっている。名前を覚える必要はないが『自動変更対象額』といい、毎年改定される。

 これが効いてくるのは主に1日の勤務時間が短い方だ。

 たとえば、新聞配達やパート清掃等で時給1200円・1日2時間・週6日勤務の場合、平均賃金は2,057円程度になり、平均賃金の最低保障もこれを下回る(1,440円)が、こうした場合はこの自動変更対象額4,090円が、給付基礎日額になる。
 

・ 私傷病での休業期間も考慮

 
 前に見たように、労基法の休業補償の基となる『平均賃金』では、労災や産休・育休等の休業期間は計算から除かれるが、私傷病については考慮されない。

 これに対して労災保険では、『給付基礎日額』の算定期間中に私傷病での休業期間があればこれも差し引いて日額を算定するので、被災者には有利になる。
 

他の事業所での収入も加算

 
 これは、2020年から始まった比較的新しい制度だが、兼業を認める国の方針と呼応して、他の事業所での収入についても、労働者の『給付基礎日額』の算定に含めることになった。

 ここまで長く読んでいただいた方は分かると思うが、このBlogで国のやることを褒めることは滅多にない。労災保険もそうだが、『国』は、税金を使っていくらでも自らの政策を宣伝できるので、わざわざ1個人がこれを持ち上げる義理もないからだ。
 

・ 国営保険のなせるワザ

 
 しかし、複数の事業所の収入を合算して保険給付の基礎となる『給付基礎日額』を決めるというこの制度については、さすがは国が保険者だからこそできた労災保険の面目躍如と絶賛する。

 複数の事業所を兼業している方が、ある事業所で労災にあって入院したとしよう。この場合、休業補償を求めることになるが、何の落ち度もない他の就業先に補償を求めることはできるわけがない。実際、これまでは労災にあった事業所だけの休業補償しかもらえなかった。

 しかし、本人にしたら他の就業先の収入も同時に失うことになるので、生活の困窮は目に見えている。

 とはいえ、他の就業先の収入分まで労災事故のあった就業先に支払わせるというのもどう考えてもムリだ。労基法の災害補償の規定でそんなことを決めたら、いかに国家権力の指示であっても下手をすると反乱・暴動が起こるだろう。そこまでいかなくても「何でよその会社の分まで…」という苦情が殺到するのは必至だ。

 今回の施策は、国営だからこそできた労災保険のなせるワザと言える。

 

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2024年09月03日