₁₇₀.労災保険給付の全体像



 労災保険の給付の全体像を、対応する労働基準法の補償と比べると次のようになる。
 カッコの中に入れたのが通勤災害に対する給付で、『○○補償給付』の『補償』の部分を省くことで業務災害時の給付と区別する。

労働基準法┏━━━━━━━━━━━━労災保険━━━━━━━━━━━━━━┓
  業務災害          (通勤災害) ┏━━━━ 特別支給金 ━━━━┓

  療養補償    療養補償給付(療養給付)
  休業補償    休業補償給付(休業給付) 休業特別支給金
           傷病補償年金(傷病年金) 傷病特別支給金  傷病特別年金
  障害補償    障害補償給付(障害給付) 障害特別支給金  障害特別年金等
           介護保障給付(介護給付)
  遺族補償    遺族補償給付(遺族給付) 遺族特別支給金  遺族特別年金等
  葬祭料     葬祭料   (葬祭給付)
  打切補償

通勤災害も補償される

 
 すでに何回も触れたが、会社に責任が及ばない通勤災害についても、労災保険ではカバーされる。この場合も監督署の労災課との対応になるが、扱いについては業務災害の場合とは異なる
 

・ 死傷病報告や監督課の指導はない

 
 つまり、通勤災害の場合は会社に責任はないので、業務災害に必要な『労働者死傷病報告』を出す必要もなく、会社が指導を受けることもない。純粋に監督署の『労災課』だけとの対応になる。
 

・ 労災保険料にも影響しない

 
 またどこかで扱うが、業務災害の場合は一定規模以上の事業所では、労災が続いて保険給付額が一定の基準を超えたり、労災が少なく保険給付が基準を下回ったりすると、段階的に、翌々年度以降の保険料が増減する『メリット制』というのがある。

 しかし通勤災害については責任の所在が会社にないので『メリット製』には関係しない。安心して請求できる。
 

・ 会社の証明事項は多い

 
 ただ、この請求書類は、会社が証明しなければならない項目が多いので、初めての場合は面食らう部分が多いと思う。

 ー ₁₆₅.通勤災害に保険証(健康保険)? ー でも触れたが、通勤災害の場合、業務災害の場合にも必要な災害発生時刻・場所・現認者などの他に、

・ 通勤の種別( ー ₁₆₇.自宅ー職場の往復以外でも『通勤』 ー 参照)
・ 就業開始の予定年月日及び時刻  (出勤時)
・ 住居を離れた年月日及び時刻    ( ” )
・ 就業終了の年月日と時刻      (退勤時)
・ 就業の場所を離れた年月日と時刻  ( ” )
・ 災害時の通勤の種別に関する移動の通常の経路・方法及び所要時間
・ 災害発生の日に住居又は就業の場所から
    災害発生の場所に至った経路・方法・所要時間及びその他の状況
・ 通常の通勤時及び災害発生時の通勤経路図

などが必要になる。
 

療養補償給付は入院時の食費も含む

 
 療養補償給付はザックリ言うと医療費、言い換えると病院代(薬局代も含む)だ。これについては労基法上の療養補償との違いはなく、その全額が支給される。前に半端に詳しい人?に「最初の3日分の病院代は出ないんですか?」と聞かれたことがあるが、当然そんなことはない。

 健康保険の場合は普通本人3割負担(高額療養費の対象になる部分については健康保険から支出)で、労災保険との違いは大きいが、もう1つ大きく違うのが入院時の食費だ。

 入院時の食事は療養の一部であることに間違いはないが、人間生きるためには入院していようがいまいが食わねばならない。ということで健康保険の場合は食事代の一部(『入院時食事療養標準負担額』)を自己負担しなければならないことになっている。

 労災保険の場合はそうした規定はない。従って労災で入院した場合には、病院から食費を請求されることは普通ない
 

労災保険の休業補償は実質8割

 
 前回も書いたように、労災保険の休業補償給付は『給付基礎日額の6割』で、労基法の規定とほぼ同じだ。

 表題の『8割』はどこから出てきたのかというと、労災保険では冒頭の表で緑色で示した『特別支給金』というのがあって、『休業特別支給金』は、給付基礎日額の2割。つまり労災保険の休業補償給付には『休業特別支給金』がもれなく付いてくるので、実質的には給付基礎日額の8割ということになる。

 細かく言うと『特別支給金』は保険給付ではないので、扱いが違う部分もあるが、ほぼ同じものと考えていい。

 さらに、休業補償給付に限った話ではないが、労災保険の給付は全額免税なのと、給与でないので雇用保険料がかからないという違いもあるので、普通実際の手取り額は働いていたときの8割より高額になる。

 ここも、細かい話をすると、給付基礎日額(円単位の整数)の60%(休業補償給付)・20%(休業特別支給金)を算定するとき計算後の円未満の端数は各々切捨てるので、給付基礎日額がたまたま5円の倍数だったときを除いて日額で1円弱ソンすることになるが、まあ大した問題ではないだろう。
 

・ 賃金スライドがある。

 
 一旦、妥当な金額が支給されることになっても、その後の全国的な経済状況の変化で、その金額では生活できなくなるということも考えられる。

 そこで労災保険では『毎月勤労統計』の四半期ごとの毎月決まって支給する給与の『平均給与額』が、事故発生時の±10%を超えた場合には、その比率に応じて『給付基礎日額』を見直し、さらにその時と比べて±10%超の増減があった場合はさらに見直すことになっている。

 デフレで最高時の10%超平均給与額が下がるという事態はバブル崩壊後の『失われた30年』にもなかったようなので、一般的にはインフレ対策と言ってよい。
 

・ 1年6ヶ月以降は『年齢別最低・最高限度額』の適用
 

 労災事故から1年6ヶ月過ぎてケガが治らず『労務不能』で、あとで登場する『傷病補償年金』(ザックリ1~3級障害程度に相当する程度の状態)の対象にまではなっていないという場合は、給付基礎日額が、年齢別に設けられた最低~最高限度額内に引上げ、又は引下げられる。

 最低限度額は4,090円(65才以上)から7,557円(45~49才)までなので、その時点の年齢で『給付基礎日額』がこれを下回る場合は、そこまで引上げられる。もちろん引下げられる場合もある。

 これの趣旨・詳しい説明は、年金給付のところで述べる。

 

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2024年09月06日