₁₂₉.給与明細と賃金台帳


給与明細って必要なの?


 前回、欠勤控除額があるときの給与明細への表記の仕方について考えたが、実際には給与計算の担当者は、まず賃金台帳を作り、これをもとにして給与明細を作成する仕事を毎月やっている。

 ということで、実際の作業工程?としては『はじめに賃金台帳ありき』で、そこから給与明細が(給与ソフト使用の場合はほぼ自動的に)印刷されることになる。ただ現実に従業員が目にするのは普通給与明細なので、前回はまず給与明細の表記に焦点を当てたものだ。
 

『給与明細』は、労働基準法には出てこないが…

 
 実際、「賃金台帳って何?」という方はいても「給与明細って何?」という方はいないだろう。どこの会社でも個人事業所でも、給与を支給するときには必ず給与明細を発行していると思う。

 驚かれると思うが、給与明細の交付は労基法上義務付けられているものではない。それどころか給与明細についての記述はない
 

・ 口座振込には『計算書』が必要

 
 ただ、労働基準局通知(廃止された'98.9.10基発530号を基にした'22.11.28の通知)で口座振込に関しては、

⑴ 基本給、手当その他賃金の種類ごとにその金額
⑵ 源泉徴収税額、労働者が負担すべき社会保険料額等
          賃金から控除した金額がある場合には、事項ごとにその金額
⑶ 口座振込等を行った金額

を記載した『計算書』を、給与支払日に交付することを求めているので、口座振込の場合には事実上『給与明細』の交付が義務付けられているといえる。

 ただ、ここで少し考えると、全額口座振込の場合は仮に何も出さなくても『差引支給額』が口座に入金されるので、少なくとも『差引支給額』だけは通帳の記録に残る。対して現金支給の場合は何も証拠が残らないので、現金支給の場合こそ『計算書』が必要になるのでないかと思うが、そうはなっていない。

 これは、ー 86.給与『通貨払いの原則』ー で書いたように、給与の支払いは現金支給が原則となっていることとも関係があるのではないかと思う。
 

・ 税法上は『支払明細書』が必要

 
 では、原則通り現金支給のところは給与明細はいらないのかというと、所得税法231条で、

『給与等の支払者は、その給与等の金額その他必要な事項を記載した支払明細書を、その支払いを受ける者に交付しなければならない(不要部分は省略してあります)』

となっているので、現金支給にせよ口座振込にせよ、税法上は給与明細は必須となる。
 

・ 労働・社会保険料控除額も通知が必要

 
 また、賃金を控除する側(労働局・社会保険事務所)からの要請と言っていいと思うが、労働保険料徴収法(32条)では、

『事業主は、労働保険料控除に関する計算書を作成し、その控除額を当該被保険者に知らせなければならない』

という規定がある。労働保険には労災保険と雇用保険の2つあるが、このうち労災保険は労働者に対する損害賠償責任保険としての位置付けから保険料は全額事業主負担となっているので、ここでの『労働保険料』とは、雇用保険料の労働者負担分のことを指す。

 さらに健康保険法(167条3項)では、

『事業主は(中略)保険料を控除したときは、保険料の控除に関する計算書を作成し、その控除額を被保険者に通知しなければならない』

と定め、厚生年金保険法(84条3項)でもこれと全く同じ文面で計算書の作成・通知を事業主に義務付けている。

 おおむね年収1000万円以下のたいがいの給与所得者にとって社会保険料は最大の『控除項目』になるので、これを計算書で明確に被保険者に通知してくれというのは、徴収する側からの当然の要請だろう。
 

大もとの賃金台帳は作成・保存が義務

 
 ここまで給与明細と趣旨が似ていると思われる言葉(計算書・支払明細書等、以下『給与明細等』とする。)が出てきたが、口座振込の場合の『計算書』を含めて、給与明細等で通知しなければならない項目はすべて『賃金台帳の必須記載項目』に入っている。

 この『賃金台帳』は、給与明細と違って必須。労働基準法上必ず作成するだけでなく、一定の期間保存することが義務付けられている。『賃金台帳』は、労働者名簿・出勤簿と並んで『法定3帳簿』と言われ、実務的にも様々な場面で提示を求められる重要なものだ。

 ということで、どんな零細な個人事業であっても従業員を雇用している以上必ず賃金台帳を作っているはずなので、これをそのまま個人の給与明細に落とし込めば、賃金台帳の基準も従業員に通知しなければならない事項もすべてクリアすることになる。

 なお、賃金台帳を保存する『一定の期間』は、労働基準法上は3年間でいいのだが、税務関係の記録と対照したい場合も出てくるので、実務的には7年間は保存しておいた方がいい。
 

・ 賃金台帳の必須記載項目

 
 賃金台帳は法定の書類なので、当然、必ず記載すべき事項が特定されている。次の8つだ。

① 氏名
② 性別
③ 賃金計算期間
④ 労働日数
⑤ 労働時間数
⑥ 時間外労働・休日労働・深夜労働の時間数
⑦ 賃金の種類ごとにその金額
⑧ 控除した場合はその額

 ここで、この8項目を少し考えてみると、

 ①の氏名はこれがないと個人の識別が大変なので記載は当然だが、②の性別については、昨今の情勢から必須項目とするのは如何なものかとも思う。

 ただ、労基法上、生理休暇や産休・育児時間といった女性のみの休暇もあり、坑内労働や重量物取扱いなど女性の就業が制限される業務もあるので、それとの関係ではあった方がいいのだろう。とにかく賃金台帳には必ず記載することになっている。

 ③の賃金計算期間については、日雇の方(1ヶ月を超えて使用されるものを除く)については不要という規定になっているが、これは〆日の関係で『1日~末日』・『21日~翌月20日』など会社ごとに自明なので、わざわざ省く必要もないだろう。

 ⑧の『控除』とは、『法(労基法)24条1項の規定による』控除、つまり ー 85.給与全額払いの原則と例外 ー で書いた税・社会保険料や労使協定による控除のような『給与全額払』の例外としての『控除』であり、欠勤控除のように『総支給金額』自体が減額される場合は含まない。

 これは、『欠勤控除』分については④『労働日数』・⑤『労働時間数』・⑦『賃金の種類ごとに』のところですでに明らかになっているからだ。

 

次 ー ₁₃₀.欠勤控除額を定額にするのは… ー

 

※ 補足
・賃金台帳の必須記載項目
最下段に『欠勤控除』を⑧の控除額から省く理由を補足しました。  '24.04.22

 

2024年03月22日