給与『全額払いの原則』とは、給与はその全額を支払わなければならないというものだが、実際には給与明細を見て全額が支払われている方は、前回の月85,000円程度以下で雇用保険に加入していない方を除いてほとんどいないと思う。
それ以外の、全額が払われていない方は、以下の『全額払いの原則の例外』に該当する場合の方ということになる。
全額払いの原則の例外
全額払いの例外は、大きく2通りある。
① 法令に別段の定めがある場合
② 事理明白なものについて、労使協定がある場合
①は、他の法律で控除が認められているもので、所得税・住民税・健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料・雇用保険料のほか、就業規則等に基づく減給の制裁・裁判所の差押え決定による場合等がある。『減給の制裁』については後日触れる。
給与差押えの限度額
『法令に別段の定めがある場合』としての『給与差押え』には、大きく2種類ある。
・ 裁判所の差押え決定
裁判所による差押え決定の金額は、給与(総支給金額)から法定控除分(所得税・住民税・社会保険料)を引いた残り(ここでは『手取り』とする。)の4分の1(扶養義務関係は2分の1)か、『手取り』から33万円を引いた残りの多い方が限度だ。
Excel風に書くと、
差押え限度額 = MAX(『手取り』/4 , 『手取り』ー330,000 )
となる。
・ 国や自治体の差押え
国税・住民税等の滞納がある場合、ある程度の段階を踏んでからの話だが、最終的に国や自治体に給与を差押えられることがある。これには裁判所の決定は不要だ。
この場合は上の場合より限度額が大きいことが多く、『手取り』から『本人10万円・生計同一親族1人4.5万円』の合計額*を引いた金額の2割(『社会的体面維持費』というらしい。合計額*の2倍を上限とする。)と合計額*の総計を引いた残りが差押え限度となる。
ここで、『2割』の後のカッコ内の上限は、月収『手取り』110万円以上の場合しか該当する可能性がないのでここでは無視する。式に表すと、
差押え限度額 = 手取 ー〔{手取 ー( 10万円 + 生計同一親族数 × 4.5万円)}× 20%
+(10万円 + 生計同一親族数 × 4.5万円)〕
という複雑怪奇なものになるが、これを展開して整理すると、結局
差押え限度額 =『手取り』× 0.8 ー 『生計同一親族数』× 3万6000円 ー 8万円
となる。
※ ここでの『手取り』は、総支給金額から法定控除分を引くのは上と同じだが、総支給金額は1000円未満切捨て・所得税と住民税と社会保険料は各々1000円未満切上げとなる。
独身の場合なら、差押え限度額は次のようになる。
給与手取り 10万円 15万円 20万円 30万円 40万円 50万円 60万円
裁判所決定 2.5万円 3.75万円 5万円 7.5万円 10万円 17万円 27万円
”(扶養) 5万円 7.5万円 10万円 15万円 20万円 25万円 30万円
国・自治体 0円 4万円 8万円 16万円 24万円 32万円 40万円
ただし、この限度額は、本人が書面で同意した場合は適用されない。
住民税の場合で言うと、これを毎月天引きしている『特別徴収』の会社なら、長く勤めている従業員が突然『差押え』ということは通常あり得ないが、入社直後の場合ならこういう方が入社してきて自治体から要請される場合がある。
会社としては『勝手に天引きしやがって』と逆恨みされても困るので、『勘弁してくれよ。そんなことは本人と自治体の間で解決してくれ。こっち(会社)を巻き込まないでくれ!』と言いたいのが本音だろうが、差押えなら面倒でもやむを得ない。
法定控除以外は労使協定が必要
②の『事理明白なもの…』については、労使協定(この協定は労働基準法第24条に規定されているので『24協定』という。)が必要で、福利厚生施設の費用・社内預金・労働組合費など事理明白なものに限られる。親睦会費などもこれに含まれる。
・振込料控除はダメ
たまに、そんなに出し渋る会社でもないのに給与の振込料を控除しているところが見られるが、これは事理明白でないのでダメ。
調査があったときには真っ先に指摘され、《こんなことをやっている会社なら、調べれば他にも何かボロが出てくるに違いない》と思われ、痛い場合も痛くない場合も腹を探られることになるので、すぐにやめるべきだ。
・債権との相殺もダメ
『全額払い』との関係で一番悩ましいのが、退職時の会社の債権との関係である。
退職者が、前借した給与を返さないとか、貸与した制服を返さないとかで、会社がその方に債権を持っている場合(要は、退職者が会社に借金していることになる。)、この債権を、支給すべき給与と相殺したくなる場合もある。
しかし、これを一方的に相殺することはできない。あくまでも給与(差引支給額)は全額支払い、その上でそうした金額を請求しなければならない。
いつも現金支給の会社なら、最後の給料をもらいに来た時にいったん全額を支払い、引き換えに請求額を払ってもらうのが一番いいと思う。
しかし、いつも振込で支給している場合は、この時だけ『取りに来い』ということはできないので、普通に振込み、改めて請求するしかない。
ただ、就業規則等で、最終の支給時等、『特別な場合は現金で支給することができる』というような規定がある場合には、すぐに支払えるようにして本人に通知することは可能である。
社内預金は、別の規定が必要
この②『労使協定がある場合』の1つ『社内預金』については、別に『貯蓄金管理規定』が必要になる。
使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理しようとする場合においては、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出なければならない。
というものだ。これを『任意貯蓄』という。
貯蓄金管理規定には、次の事項を定めなければならないことが、労基法施行規則で決まっている。
・貯蓄金管理規定
① 預金者の範囲
② 預金者1人当たりの預金額の限度
③ 預金の利率及び利子の計算方法
④ 預金の受入れ及び払戻しの手続き
⑤ 預金の保全の方法
現在、利子の下限は年5厘(0.5%)となっているので、多くの銀行に預けておくよりは有利に設定されているとはいえる。
ただし、これは会社が従業員の通帳を保管し、実際の運用は銀行が行う『通帳保管』の場合は適用はないので、たとえば銀行の利子が0.1%なら0.1%で我慢しなければならない。
もちろん、社内預金はあくまで個々の従業員の任意が大前提なので、希望しない方の分を預かることはできない。
また、預金の返還の請求があったときは遅滞なく返還しなければならない。
さらに、預金管理の状況を、毎年1回所轄労働基準監督署長に報告する義務もある。
このように、煩雑な事務作業も必要なので、『社内預金』を実施している事業所は少ないようだ(2020年で13,574事業所・53.4万人)。
次 ー 86.給与『通貨払いの原則』 ー
※ 訂正
裁判所や自治体の差押えも
4行目 差押え限度 ➡ 差押え限度額
9行目 『社会的体面費』 ➡ 『社会的体面維持費』 '23.09.29
※ 加筆
裁判所や自治体の差押えも
12行目 『ここでは無視する』の後、展開前の式等を加筆しました。'24.02.27
23行目 扶養義務関係の限度額を表に加筆 '24.04.14
サブタイトルを追加しました。'24.11.18
※ 修正
金利上昇傾向のため、銀行金利例を『0.01%』➡『0.1%』としました。 '24.10.23