76.定額残業制の給与計算


 では、定額残業制の場合の給与計算はどうなるか。ここでは、初めに例として出した月給の月影さんの例を使う。
 しつこいかもしれないが、月影さんの給与を再々々掲?する。

・月影さんの給与

・基本給     180,000円  ・住宅手当   15,000円
・役職手当     30,000円  ・家族手当    8,000円
・資格手当     17,500円  ・通勤手当    4,200円
・皆勤手当      5,000円
(職務関連給与) 232,500円  (除外賃金)  27,200円   (総計)259,700円

・割増賃金単価   ・基礎賃金      1,423円/h
          ・時間外労働単価   1,779円/h
          ・ ‘’ (60時間超) 2,135円/h
          ・休日労働単価    1,921円/h
          ・深夜労働割増単価   356円/h


 ここで、

『月40時間分の時間外労働給与として72,000円と定額残業代として支給する』

ことになっていたとする。
 月40時間分の時間外労働に対する給与は(基礎賃金の1.25倍の労基法の最低基準で言うと)71,160円なので、これ以上であればよい。
 時間外労働が40時間以内で、休日労働も深夜労働もなければ、計算例を紹介するほどのことでもないが、支払給与総額はこうなる(皆勤手当支給の場合)。
 

・時間外労働0h ~ 40hの場合

   259,700円 + 72,000円 = 331,700円

 40時間以内に収まっているので、割増賃金は定額残業代だけでよい。
  

・時間外労働50hの場合

   259,700円 +72,000円 + 1,779円/h ×(50h ー 40h)= 349,490円

 設定した時間を10時間超過してしまったので、10時間分17,790円を追加。

 ここで少し細かい話になるが、
 『時間外労働50時間なら、1,779円/h×50h=88,950円が残業代なので(定額の72,000円は無視して)、259,700円+88,950円=348,650円でいいのではないか

 と思うかもしれない。しかし、ここでは『月40時間分の時間外労働給与として72,000円』を支払う契約なので、40時間を超えた分については改めて支払わなければならない。
 

・時間外労働65hの場合

259,700円 + 72,000円 + 1,779円/h × 20h + 2,135円/h ×(65h-60h
                                  = 377,955円

 25時間超過したので、そのうち月60時間までの20時間分の1.25倍と、60時間を超過した5時間分の1.5倍を追加支給。
 ここまでは、普通に分かっていただけると思う。
 

・時間外労働24h・休日労働13h・深夜労働5hの場合

259,700円 + 72,000円 + 1,921円/h × 13h + 356円/h × 5h
                                  = 358,543円

 この場合の法定外残業時間は24h+13hで37時間となり、設定した40時間に収まっている。また、深夜割増5時間分は、この37時間に含まれているので問題ない。さらに法定で計算した残業代も、

1,779円/h×24h + 1,921円/h×13h + 356円/h×5h = 69,449円

となり、設定した72,000円以内に収まっている。休日労働分・深夜労働分は、定額残業代として支払い済みということにはならないのか…という疑問が湧く人もいるだろうが、これはダメである。

 この場合『固定残業代72,000円』は、あくまで『(40時間分の)時間外労働に対する給与』として設定されているので、休日労働分・深夜割増分は、別に支払わなければならない。
 

連立方程式、覚えてる?


 計算の再現性が定額残業代を認める前提となっているので、一義的に明確に定額残業分の時間と金額が分かればいいことになる。
 しかし、そうとも限らない。

『所定労働時間月164時間とし、基本給月額32万円には1ヶ月22時間分の時間外労働に対する固定残業代が含まれる』

と規定されていたらどうか(こういうのを『組込み型』固定残業制という。)。
 ここで、固定残業代部分をX・基礎賃金をYとすると、
 

ⓐ (320,000円 ー X円)÷ 164h = Y円/h
ⓑ Y円/h × 1.25 × 22h = 


 そう、これは、なつかしいと思うか見るのもイヤと思うかは人それぞれだと思うが、連立方程式である。

 ⓐは、所定労働時間164時間分の給与を所定労働時間164時間で割ったら基礎賃金が出るという話。
 ⓑは、基礎賃金に1.25をかけて割増単価を求め、それに規定の時間外労働時間22時間をかけると定額の割増残業代が出るというものだ。
 この点、特にいぶかしい点はない。
 この連立方程式を解くと、

X ≒ 45,953円 , Y ≒ 1,671円/h

を得る。つまり、『固定残業代は22時間分45,953円』と一義的に定まる。

 しかし、このような方式を定額残業制として認めることには躊躇する意見が多い。
 この場合、定額残業代は1.25倍の割増賃金が発生する『時間外労働』の分だけと限定しているので、式を解けば金額は一義的に求まるが、要は面倒すぎるということだ。

 連立方程式自体は義務教育(現在は中2)で習うことにはなっているが、中卒以上の全労働者にこの計算を強いるのはさすがに非常識ということだろう。

 絶対認められないとは言えないが、あえて危ない橋を渡る必然性もないので、定額残業代の種類と設定時間・設定金額はきちんと個人ごとに計算してはっきりと周知しておくべきだ。

 

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※ 訂正
・時間外労働24h・休日労働13h・深夜労働5hの場合
4行目 法廷で ➡ 法定で  '24.01.26

2023年08月22日