75.定額残業制の目的と要件


 たとえば、『毎月○○時間分の時間外手当△△万円を定額残業代として支給する』等と規定し、どんなに残業が少なくても毎月△△万円の残業代を支給し、時間外労働が○○時間を超えたら差額を追加支給するのが『定額残業制』である。

 この制度のメリットとしては、次のような点が考えられる。
 

・考えられる『定額残業制』のメリット


① 残業時間が『定額』部分に収まるように運用すれば、残業代の給与計算がラク
② 見かけの『支給金額』を大きくできるので、求人に有利な可能性がある。
③ 定額の残業時間内なら残業代は変わらないので、残業時間を抑制し得る。


 あくまで残業時間が定額部分に収まっていることが前提だが、残業代が固定となり給与計算が容易になることは確かだ。

 ごくまれに『残業時間に関わらず』毎月一定の残業代を支給するのが『定額残業制』だと大きな勘違いをしている方がいるが、それだと『定額』を超えた分の労働に対する残業代が0になる。要するにタダ働きとなるので、そんな制度が現代日本でまかり通るはずはない。

 『最低保障残業代制』とでも名付けた方が良かったとも思うが、すでに『定額残業制』という名前がついているのでやむを得ない。せいぜい誤解がないように願いたい。

 ただ、法律上の制度ではないので『固定残業制』や『みなし残業制』など色々な表現で呼ばれることがある。『みなし残業制』というのは、62.『算定しがたい』場合の場外みなし労働時間制以下で書いた『みなし労働時間制』と混同される恐れがあるので避けた方が無難だ。
 

・厚労省は『固定残業代』


 厚労省の文書では『固定残業代』と呼んでいて、これは、

一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金

のことと定義している。

 さて、労働基準法は、あくまで労働条件の最低基準を示したものであり、法定時間外労働の基準『1.25倍』も最低基準である。よって、それをクリアしていれば、就業規則・雇用契約等で1.3倍にしようが2倍にしようが自由に設定できる。

 同様に、残業代の支払方法についても、設定した法定時間外労働時間に対応して、基礎賃金の1.25倍以上となる『定額残業代』を設定し、時間外労働がその時間内に収まっていればその『定額残業代』を支払い、設定した時間を超えた場合には差額を支払うことに合意すれば、いかなる場合にも最低基準をクリアすることになる。

 ここでは普通の『法定時間外労働』のみを考えたが、深夜労働・法定休日労働についても考え方は同じである。

 定額残業制の場合には、実際の労働時間が給与計算上の労働時間より長くなるという逆転現象は理論的にも実務的にも絶対にあり得ない。そこが『みなし労働時間制』との根本的な違いと言える。
 

定額残業制の要件


 前にも述べたように、『定額残業制』自体が労基法上の制度ではないので、これが有効となる要件も、法的に明示されているわけではない。そこで、各種の裁判例からその要件を探っていくしかないわけだが、この裁判例にしても、大変ブレが大きい。

 ゆるい判例に頼って要件をまとめると、後で述べるように『定額残業制』が成立していないと判断されたとき大変なことになるので、各種判例等から『ここまでやっておけばまず間違いはない』と言えるラインを述べると、次のようになる。

 なお、このラインはほぼ、行政の規定しているラインでもある。
 

① 明確区分性

 割増賃金部分と、それ以外の賃金が明確に区分され、休日・深夜・月60時間超の割増賃金部分の時間とそれぞれに対する賃金も明確にされ、就業規則等に明示されている。


② 対価要件

 『固定残業代』『時間外割増賃金』等、その支払いの趣旨が明確な名称である。


③ 差額支払合意(または実態)

 定額部分を超えた場合に、超過分の割増賃金を支払う合意がある。または、実際に超えたことがある場合、超過分の支払いが確実になされている。


④ 対象となる残業の時間数

 定額残業の対象時間は36協定の限度基準(45時間)以内になっている。


⑤ 労働者の同意

 導入時に、労働者が自由な意思に基づいてこれに同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する。
 


 ここで、③の『差額支払合意』は、全く当たり前のことであって、何でこんな要件が必要なのか分からないという方は、まっとうな神経の持ち主である。

 実は『定額残業制』という名目なのに一定の残業代を与えただけで、そこで規定した残業時間を超えてもそれ以上の支給がないような、先に述べた『まかり通る』はずがない『定額残業制もどき』が過去には見られたのだ。
 その反省に立って、この要件が存在するということなのだろう。

 ただし、2018年7月の最高裁判決では、

 ①明確区分性のうち、『時間』についての明示
 ③『差額支払合意』

については不要と明確にした。

 つまり『固定残業制』に関しては、司法の判断は行政よりもかなり緩やかになったとは言える。

 あと、④の対象残業時間の『45時間』以内については、後述する高裁判決で述べられたもので、これが世の中の共通認識となっているわけではないが、この判決の時代より残業規制が強まっている今、このラインに抑えておくのが無難といえる。

 

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※ 訂正

厚労省は『固定残業代』
13行目  設定した時間より  ➡  給与計算上の労働時間より    '23,08,22
・考えられる『定額残業制のメリット』
9行目 最低保証 ➡ 最低保障  '24.01.26

 

2023年08月18日