前回、労働保険申告書の話で『保険料』にしつこく『等』をつけたのは、労働保険の申告書は、正しくは申告書に書いてある通り
『労働保険概算・増加概算・確定保険料石綿健康被害救済法一般拠出金申告書』
という長い名前であって、一部保険料でないものも含まれているからだ。
『一般拠出金』は保険料ではない
この中の『一般拠出金』とは、これも書いてある通り『石綿健康被害救済法』によって労働保険料と一緒に納付することになっているもので、『保険料』ではない。
『一般拠出金』は、石綿(アスベスト)による健康被害を受けた方のうち労災保険の対象にならない方を救済するために、2006年から労働保険料と一緒に徴収しているものだ。
・ 料率は、確定賃金の1000分の0.02
料率(保険料率ではない)は業種に関わらず、現在は労災の確定賃金額の1000分の0.02となっている。つまり年度内の賃金総額1000万円あたり200円だ。
『保険料』と同様『円未満切捨て』なので、労災の確定賃金が5万円に到達するごとに1円納付することになる。
・ 『赤と黒』の申告書に記入
1元適用事業(₁₉₂.労働保険申告書の色は、黒?紫?)なら申告書は1枚なので迷うことはないが、建設業や農林水産業など2元適用事業の場合は『一般拠出金』をどちらに書くのか迷うかもしれない。
これは、監督署が所掌となる『赤と黒』の申告書に書く。
『2元雇用』用の『赤と紫』の申告書に一般拠出金を書くことはないが、前回も触れたようになぜかこの2種類の申告書はほぼ同一で、『赤と紫』の申告書にも普通に『一般拠出金』の欄があり、ついでに納付書にもその欄があるので、慣れない方は面食らう。
・ 労災の確定賃金額から算定
一般拠出金は上に書いたように労災の確定賃金額から算定するので、申告書では『労災保険分』の『算定基礎額』に記入した金額をそのまま『一般拠出金』の欄に移し、料率の1000分の0.02をかけて拠出額を記入する。
・ 労働保険料からの充当も可
このように『一般拠出金』は労働保険料とは違うものだが、便宜上、労働保険料からの充当もできる。
これは、前年度申告した概算保険料より確定保険料の方が低額だった場合だ。その場合、差額を還付してもらうことも可能だが、普通は今年度の概算保険料か一般拠出金または両方に充当する。
一般拠出金に充当した場合は『一般拠出金充当額』のところにその金額を書き、右隣の『一般拠出金』は0になる。
『一般拠出金』は、すべての業種で一律負担
上に書いた通り、一般拠出金は業種に関わらず1000分の0.02と固定されている。
なぜ『業種に関わら』ないかというと、今は禁止されてい石綿が飛散するような業種で働いていた方は、元々労災保険給付の対象となっているということがまずあげられる。
あと、石綿が原因となる傷病は石綿を吸い込んだ時から発症までの期間が数十年単位となり、どこの職場での吸引が原因か特定が難しいこと・多種多様な産業で石綿が使われていたことなどがある。
07年に厚労省が一般拠出金の徴収を始めたときの一般向け説明では、
アスベストは、すべての産業において、その基盤となる施設、設備、機材等に幅広く使用されてきました。このため、健康被害者の救済にあたっては、アスベストの製造販売等を行なってきた事業主のみならず、すべての労災保険適用事業場の事業主に一般拠出金をご負担していただくこととしています。
としている。
一般拠出金は、何に使う?
ということで『一般拠出金』は、石綿製品製造工場の付近住民等、労働者でない方も含めて、石綿により後述する『指定疾病』にかかった労災保険の補償対象にならない方の救済に使われる。
・ 石綿健康被害救済法の『指定疾病』
この石綿による疾病として『石綿健康被害救済法』が指定するのは次の4つだ。
① 中皮腫
② 肺がん
③ 著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺
④ 著しい呼吸機能障害を伴うびらん性胸膜肥厚
・ 石綿の産業上の特性
さて、かくも重大な健康障害の原因物質が、かくも広範囲に使用されてきたのはなぜなのか。石綿の次のような特長が、高度経済成長時代の日本で石綿が重用されることにつながったものと考えられる。
○ 耐久性・耐熱性・耐薬品性・電気絶縁性に優れる
○ 加工が比較的容易
○ 安価
建築資材のみならず、学校でも理科の授業中、アルコールランプでビーカーやるつぼの液体を加熱する実験では石綿金網を使うのが定番だった。
この『石綿金網』は、1988年には販売が取りやめられたが、それこそ耐久性があるので、文科省から廃棄の指示が出る2005年ころまでは使用されていた。現在30代以上の方なら小学校で使ったことがあると思う。これは現在『セラミック金網』等に代替されている。
・石綿とアスベストは同じ物
ちなみに「アスベストは石綿ほどの危険はない」とか「石綿を加工してフワフワにしたのがアスベスト」とかいう話を聞くことがあるが、『アスベスト』は『石綿』のオランダ語で、両者は全く同じ物だ。
安衛法上の『石綿』の扱い
・ 現在は、製造・輸入・譲渡・提供・使用が禁止
現在石綿は重度の健康障害を生ずる物として、黄燐マッチ・ベンジジン等とともに労働安全衛生法(以下『安衛法』)上『製造等禁止物質』に指定され、基本的に製造・輸入・譲渡・提供・使用が禁止されている。
安衛法の保護対象は『労働者』に限られるので、上記の石綿関連工場の付近住民等も含む一般拠出金の給付対象には、その範疇に入らない方もいるが、安衛法の『危険有害物質』にはランク分けがある。
・ 石綿は『危険有害物質』の頂点
安衛法上、危険有害物質と指定された物は、次の4ランクに分けられている。
① 通知対象物 危険・健康障害のおそれ 文書を相手に通知
② 表示対象物 “ 情報を容器等に表示
③ 製造許可物質 重度の健康障害のおそれ 製造は厚労大臣の許可
④ 製造等禁止物質 重度の健康障害を生ずる 製造・輸入・譲渡・提供・使用禁止
数十万以上といわれる物質のうち『製造等禁止物質』は全部で8つしかなく、最も厳重に扱われる。石綿は、その有害性・まん延性からいって危険有害物質の頂点といえる。