₁₈₄.社長も労災保険に入れる?



労災保険の特別加入

 
 『₁₆₈.労災保険は手続前から加入済みだが』で書いたように、労災保険は基本的に事業主の、労働者に対する『損害賠償責任保険』だ。

 従って、普通は経営者は入れない

 しかし、中小企業の経営者というのは、会社経営の仕事もしながら従業員と一緒に現場で同じように働いているのがむしろ一般的だ。そうすれば当然災害に遭う危険も従業員と同じか場合によってはそれ以上にある。

 『それ以上』というのは、その作業を行うための資格や免許の問題の場合もあるし、〝この仕事はまだアイツには無理〟という場合もある。

 こうした経営者など、普通では労災保険の保護が及ばない方を対象にするのが『特別加入』制度だ。特別加入には、大きく次の3つの種類がある。

・ 特別加入の種類 

① 中小事業主等  (第1種)
② 一人親方等   (第2種)
③ 海外派遣者   (第3種)

 
 中小事業主等の特別加入

 
 まずは、冒頭で触れた中小事業主等の特別加入についてだ。
 

・ 対象者


 この対象者は業種を問わず

 常時労働者を使用する労災保険適用中小事業
 

  ○ 事業主   (代表取締役・個人事業種等)
  ○ 役員    (取締役等)
  ○ 家族従業員 (労働者以外の方)


の方々だ。

 ここで『中小事業』とは、
 

            業種         常時使用労働者数
     ・ 金融・保険・不動産・小売の事業    50人以下
     ・ 卸売業・サービス業          100人以下
     ・ その他の業種             300人以下


の企業をいう。

 さらに、

常時労働者を使用

とは、1年間に100日以上労働者を使用していれば『常時』と扱われるので、通年で雇用している必要はない。

 100日未満の場合は『中小事業主』としての加入はできないが、業種によっては②の『一人親方』での加入が可能な場合がある。
 

労災保険適用

については、労災保険に任意加入している場合ももちろん対象になる。
 

中小事業主等の特別加入の要件

 
 中小事業主等の特別加入のためには、次の要件を満たす必要がある。
 

① 雇用する労働者について、(労災保険の)保険関係が成立している
② 労働保険の事務処理を、労働保険事務組合に委託している
③ 事業主・法人役員・家族従業者など、労働者以外の業務従事者全員が加入する
④ 都道府県労働局長の承認を受けている

 
 では1つずつ説明する。
 

① 労働者について保険関係が成立

 
 中小事業主等の特別加入は、労働者の入っている労災保険に任意で入ってくるものなので、労働者側の労災保険が成立していないのに事業主等だけ入ることはできない

 個人の少人数の農漁業などで労災保険に加入していない場合は、まずは労働者対象の労災保険への任意加入が必要だ。

 ちなみに、同じ任意加入でも雇用保険の場合は様々な添付書類が必要でなかなか大変だが、労災保険の方は比較的手続きは簡単だ。
 

② 労働保険事務組合への労働保険の事務委託

 
 まず、『労働保険』の事務委託ということは雇用保険も入る。労災保険関係だけ委託してもダメだ。
 

・ 労働保険事務組合とは

 
 ここで、突然出てきた『労働保険事務組合』とは、
 

 事業主の委託を受けて、事業主が行うべき労働保険の事務を処理することについて、厚生労働大臣の認可を受けた中小事業主の団体
 

をいう。

 ただ、ここで『労働保険の事務』と言っても何でもかんでもやるわけではない。労働保険事務組合が処理できる事務は、おおむね次の通りだ。
 

・ 労働保険事務組合に委託できる事務

 
 ⑴ 労働保険料の申告・納付に関する事務
 ⑵ 保険関係成立届・任意加入の申請・雇用保険事業所設置届に関する事務
 ⑶ 労災特別加入申請に関する事務
 ⑷ 雇用保険被保険者に関する届出等の事務
 ⑸ 他、労働保険関係の申請・届出・報告に関する事務
 

・ 事務組合単独では保険給付の請求等はできない

 
 ここには『保険給付の請求』関係は一切入っていないので、特別加入者も含めて労災保険上の事故があったとしても、その病院代や休業補償等を請求する事務は含まれない。

 労働保険事務組合は数多く存在するが、事務組合に委託したとしても、いざ事故があったときの事務処理は事業主が自分でやらなければならないのが基本だ。

 せっかく特別加入しても、コトが起こったときに対応してくれないのでは困るので、そこまで委託する場合には労働保険事務組合と提携した社労士に委託した方がいいだろう。
 

・ 提携社労士への委託がお勧め

 
 各都道府県にある『SR経営労務センター』が代表例で、登録している社労士が事務を担当する。『SR』は『Shakaihoken Rômushi』の頭文字だ。
 これ以外にも、労働保険事務組合を併設している社労士事務所もある。

 事務組合に委託する副産物?として、『概算保険料』が本来の基準より少なくても、労働保険料を年3回に分けて納付することができる。

 もちろん事務の委託には入会金(5000円~1万円程度)と会費(月800~1500円程度)・社労士に依頼する場合にはその顧問報酬が必要になる。

 労働保険事務組合に事務を委託すると、離職票の『事業主』の欄にはその事務組合名が書かれる(『事業所』名はそのまま)。これで文句を言われたことはないが、一応知っておいてほしい。
 

③ 労働者以外の業務従事者全員加入

 
 特別加入する場合は原則として、労働者以外の業務従事者全員を一括して加入させなければならない。代表取締役が「オレはいいから、他の役員だけ入れたい」とかいう話もよくあるが、その希望は基本的にはかなえられない。

 例外は、長期療養中・高齢などで、実態として業務に従事していない場合だけだ。
 

④ 都道府県労働局長の承認

 
 特別加入には都道府県労働局長の承認が必要だが、もちろん労働局長が「コイツは気に食わないから不承認!」とかいうことはなく、要件を満たせば承認される。

 この『承認』が問題になるのは主に『加入時健康診断』が必要になる場合だ。

 民間保険でも加入時に健康診断が必要なものがあるが、特別加入の場合も万一、業務による健康障害をうすうす感じながら入って来るような人がいると『保険』として成立しなくなるので、業種によっては『今現在健康である』ことを証明する診断が必要になる。

 次のような場合だ。
 

・ 加入時健康診断が必要な業種

 

業務の種類    通算従事期間  必要な健康診断

有機溶剤業務    6ヶ月以上   有機溶剤中毒健康診断
鉛業務       6ヶ月以上   鉛中毒健康診断
振動工具使用業務  1年以上    振動障害健康診断
粉じん作業業務   3年以上    じん肺健康診断
 

・ 加入を承認された日が加入日

 
 特別加入は任意なので、加入を希望してそれが承認された日が『加入日』になる。その前の事故には対応しない。そこは労働者の場合とは違うのだ。

 もっとも、申請の際に加入希望日を申請30日以内の範囲で指定することはできる。

 

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2024年11月01日