₁₆₈.労災保険は手続き前から加入済みだが



従業員(労働者)を雇ったら労災保険

 
・ 業務災害の給付

 
 ここから労災保険の『業務災害に対する給付』の話になるが、給付については通勤災害もほとんど同じだ。
 ただしここでは労災保険の加入が任意の事業(5人未満の個人の農林水産業の一部・詳しくは ー ₁₂₀.労働基準法の災害補償 ー 参照)の場合は扱わない。
 

・ 基本は労基法の災害補償

 
 労災保険法12条の8-2項は

『(業務災害による)保険給付は、労働基準法…(災害補償の条文)…の事由…が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う』

と規定している。つまり基本は労基法の災害補償で、これを保証するために労災保険がある…という関係だ。
 

・ 自動車で言えば『自賠責保険』

 
 ザックリ言えば、自動車の運転手が対人事故によって損害賠償の事由が生じたときにこれを保証する『自動車損害賠償責任保険』に対応するものといえる。

 もちろん細かい相違点はたくさんあるが、普通にまっとうな人なら平気で無保険車を運転するなど怖くてとてもできない。違法か合法か以前の問題だ。ちなみに、自賠責保険の制度ができたのは1955年。労災保険は1947年で、労災保険の方が歴史は長い。
 

加入手続きしていなくても被災者は補償される

 
 労災保険の加入は、はじめて『労働者』を雇ったときにスタートする。このときにその事業が労災保険の『適用事業』になったことになる。
 別の話になるが、このとき一定の基準を満たしていれば、同時に雇用保険の適用事業にもなる。

 加入の手続きについては業種によっても方法が異なり、かつ、かなり面倒なことは事実なので、その方面に詳しい方以外は社労士に依頼した方が無難だ。
 

・ 加入手続きは10日以内・保険料は50日以内

 
 いずれにしても『適用事業』になってから

  ・ 10日以内に『保険関係成立届』を提出する
  ・ 50日以内に『概算保険料申告書』を提出・保険料を納付する

ということは共通している。

 ただし労災保険の保険給付は、事業主が労災保険の加入手続きをしたかどうか・保険料を支払ったかどうかには一切関わらずに行われる。

 これも自賠責保険との『細かい相違点』の1つだが、自賠責保険の場合は違法に自賠責保険の加入手続きをしていなければ(要は『無保険運転』)、自賠責保険は使えない。その場合は一部の例外的な救済を除けば、運転手に直接請求するしかない。
 

・ 手続きしていなくても『加入済み』

 
 これに対して労災保険の場合は、万一事業主が労災加入の手続きをしていなかったとしても、適用事業であることに変わりないので従業員の労災の補償は必ず労災保険がカバーする。

 つまり、最初から従業員がいるのなら事業を開始した瞬間に、途中から従業員を雇ったのなら雇った瞬間に、事業主の手続きの有無・保険料支払いの有無に関わらず労災保険の保護対象となり、保険事故が起こった場合は補償の対象になる。

 ただしそういう場合は、事業主が労災保険の加入手続きあるいは保険料の納付という法律上の義務を怠っていたことになるので、原則として保険給付の一部~全部を労災保険側が事業主に請求することになる。
 

事業主は給付費用を徴収される

 
 具体的には、労災事故が発生した時点で次の状況の場合だ。
 

① 故意の『成立届』不提出なら100%徴収

 
 事業主が故意に『保険関係成立届』の提出を怠っていた場合は、保険給付(療養補償給付・介護補償給付・二次健康診断等給付を除く。②・③も同じ)の100%が徴収される。

 例えば、監督署等から労災保険の『保険関係成立届』の提出を指導された日以後、10日以内に提出していなかった場合は『故意』と認定される。
 

② 重過失による『成立届』不提出なら40%徴収

 
 重過失により『保険関係成立届』を提出していなかった場合は、保険給付した額の40%が徴収される。

 例えば①のように監督署等から指導されてはいないものの、保険関係成立(適用事業発足)後1年経過後、なお『保険関係成立届』を提出していない場合は『重過失』認定される。

 また、①・②の場合、保険料についても支払うべきものを滞納していたことになるので、その間の保険料と追徴金も支払わなければならない。
 

③ 保険料滞納中なら最大40%徴収

 
 『保険関係成立届』は提出していても支払うべき保険料を支払っていなかった場合も、滞納率(納付すべき概算保険料に対する滞納額の比率)に応じて、保険給付額の最大40%が徴収される。

 ただ、この場合『滞納』とは、保険料を支払わないために督促状が来て、その督促状の指定期限内に納付しない場合をいうので、概算保険料の納付期限7月10日(事業開始直後の場合は『加入』日から50日以内)までに納付しないからといって翌日からすぐに『滞納』扱いになるわけではない。
 

・ 事故発生後、3年間の保険給付が対象

 
 このように成立届の提出や保険料の納付を怠っているときに保険事故が起こった場合、従業員には何の責任もないので100%保護されるが、事業主はかなりのペナルティーを覚悟しなければならない。

 ただし、これら事業主からの費用徴収は、事故から3年以内の保険給付に限られる。これは労基法の『打切補償』の規定に関係しているものと思われる。
 

労基法の災害補償に戻るわけではない

 
 こうして適用事業なのに手続きしていない場合は事業主から費用徴収があるが、『労基法の災害補償に戻る』わけではない。

 『自賠責』の場合は保険に入っていなかった場合、民事上の賠償責任をすべて加害者が負うことになるが、労災保険の場合は『入っているのに手続きしていなかった』ということになるので、被災者には普通に保険給付をが行い、その分の費用(の全部または一部)を事業主に請求するという形になる。

 

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2024年08月30日