₁₇₅.労災年金は、平均給与や年齢で変わることも



 年金の受給は長期にわたるのが普通なので、その間には全国的な賃金水準も変わるし、その方の年齢も変化していく。こうしたことに対応するのが以下の『スライド改定』や『最低・最高限度額』の設定だ。
 

年金給付額のスライド改定

 
 年金給付については、年金額のもとになる災害発生年度の『給付基礎日額』が、翌々年度以降、全国的な『平均給与額』の変化によって改定される。

 具体的には、災害発生の翌々年度以降の年(N年とする。Nは西暦でも元号でも構わない。)の8月以降の給付基礎日額は、

N年8月以降の   災害発生年度の   災害発生年度の    Nー1年度の
給付基礎日額  = 給付基礎日額  ×  平均給与額   ÷  平均給与額

で算定する。
 労災保険はあくまでその方の当初の賃金がベースなので、厚生年金や国民年金と違って物価の変動は考慮しないが、何十年たっても当初の水準はキープされると考えていいだろう。

 これを『スライド改定』というが、障害補償年金だけでなく、前に扱った傷病補償年金・次回出てくる遺族補償年金、さらに給付基礎日額を基にした一時金にも適用され、賞与を基礎とする特別支給金にも適用される。
 

最低・最高限度額

 
 戦後しばらくは中卒で集団就職等で働きに出る方は『金の卵』と重用されたそうだ。筆者もその時代は直接知らないので(あえて強調しておく。)伝聞だが、今もそういう人生を歩む方もいるだろう。

 15の春に最低賃金近辺で雇われ、1年もたたずに業務災害で重い障害を負った場合、平均賃金の労災保険版である『給付基礎日額』もそれなりに低額になる。
 ということは当然、休業補償給付もその後の障害補償年金もそれなりの金額だ。

 しかし15・16才のころには最低賃金近辺だったこの方も、災害に遭わずにその先もずっとキャリアを積んでいけば、部長や重役になっていたかもしれない。当然そうなれば給与も相当上がっていたはずだ。このギャップはどうするのか。

 同じ会社でずっと勤務していれば、年功がさほど重視されなくなった昨今でも、まさか50才になっても同じレベルの給与ということは考えられない。ここで『同じレベルの』というのは、その時々の経済状況によって『スライド改定』されただけの給与という意味だ。

 ただ、本人の年齢の変化による給与の変動に関してはほぼ『可能性』の域を出ないので、たとえば本人のその時点の年齢と同じ年齢層の方の平均的給与に合わせて改定するなどの仕組みは残念ながらない。
 しかし、その年代の給与にしては『低すぎる』・『高すぎる』給付基礎日額を調整する仕組みはある。
 

・ 最低・最高限度額は年齢階層別

 
 これが労災保険の『年齢階層別の最低・最高限度額』制度だ。
 労働者の年齢を5才ごとに分け、その方の元々の『給付基礎日額』が『最低・最高限度額』の枠内に収まるように調整する。

 だから逆に、最も平均給与が高くなる55才程度で業務災害に遭い、その方が高給取りだったとしても、その後年齢を重ね『最高限度額』に引っかかるようになると年金額も引下げられるというわけだ。
 

現在の最低・最高限度額

 
 実際の『最低・最高限度額』は、2024年度現在次のようになっている。これも、毎年8月1日の年齢をもとに以後1年間適用される。
 右の『月収換算』は、その給付基礎日額になる平均的な月収を逆算したもの。
 

             給付基礎日額         月収換算
   年齢    最低限度額  最高限度額     最低     最高

    ~ 19才   5,351円  13,600円   16万2760円  41万3667円
20才 ~ 24才   5,978円  13,600円   18万1831円  41万3667円
25才 ~ 29才   6,523円  14,828円   19万8408円  45万1018円
30才 ~ 34才   6,834円  17,532円   20万7868円  53万3265円
35才 ~ 39才   7,129円  20,304円   21万6840円  61万7580円
40才 ~ 44才   7,373円  21,958円   22万4262円  66万7889円
45才 ~ 49才   7,557円  23,030円   22万9859円  70万0496円
50才 ~ 54才   7,504円  24,673円   22万8247円  75万0470円
55才 ~ 59才   7,151円  25,484円   21万7510円  77万5138円
60才 ~ 64才   6,026円  22,084円   18万3291円  67万1722円
65才 ~ 69才   4,090円  17,014円   12万4404円  51万7504円
70才 ~       4,090円  13,600円   12万4404円  41万3667円

 
 これらの限度額は、前年度の『賃金構造基本統計調査』による常用労働者についての年齢階層ごとの1月当たりに決まって支給する現金給与額に基づいて毎年改定される。

 たとえば16才で業務災害に遭い、その時の給付基礎日額が6,000円の方で、スライド改定も限度額の変更もなければ、25才で6,523円、30才で6,834円、35才で7,129円…と、45才に達するまで5年ごとに給付基礎日額が引上げられることになる。

 実際には毎年スライド改定後の日額がその時点の年齢に対する最低・最高限度額の範囲に収まっていなければ、その都度引上げ、または引下げられる。
 

・ 『最低・最高限度額』は、上と下から5%目

 
 限度額の決め方は、男女に分けて加重平均をとったり月額を30で割ったり労災保険法施行規則9条の4にくどくどと詳細に書いてある。これをザックリいうと、

 まず、すべての労働者を5才刻みに分け、それぞれの年齢層の方を給与の高い順に1列に並べる。そこで、

・ 下から数えて5%目の方の給与 = 最低限度額
・ 上から数えて5%目の方の給与 = 最高限度額

とする。ただし算定した限度額が『自動変更対象額』(₁₆₉.給付基礎日額と平均賃金)を下回るときは『自動変更対象額』が最低限度額になる。
 余談だがこの辺の仕組みは、筆者が事実上初めて社労士試験を受けたときに選択問題で出されて撃沈したところだ。
 

・ 年金給付は最初から限度額適用

 
 この『最低・最高限度額』、年金給付の場合は最初から適用する。
 「今やっているのは年金の話なのに『年金給付の場合は』とは何だ」と言われるところだろうが、この限度額は前に述べた『休業補償給付』にも適用されるときがあるのだ。

 どういうときかというと、『休業補償給付』に限度額が適用されるのは、休業補償給付に係る療養を開始してから1年6ヶ月目からということになっている。

 たとえば、当初の給付基礎日額が3万円(月収にして約90万円)でも、年金の場合は初めから、休業補償給付の場合でも1年半後にはその年齢別の『最高限度額』まで引下げられることになる。もちろん、最低限度額に満たなければ引上げられる。

 

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2024年09月27日