さて、前回で紹介した通勤時間平均1時間のまじめな方が普通に1時間16分前に家を出、たまたま早く始業21分前に会社に着いてタイムカードを押したとする(前回の前提から、週1回くらいはこのくらいになる。)。始業までの21分間は早出残業になるか?
これは、大方の予想通り、早出残業には当たらない。労働時間とは『使用者の指揮命令下に置かれていると客観的に評価される時間』とされている。それに当たるとは思われないからだ(それを立証するのはまた別の問題になるが…)。
それでは、平均通勤時間10分の人が、上司から「明日の朝、始業15分くらい前に得意先から電話があるかもしれないから、早めに来てくれないか」と言われて、3分余裕をみて始業18分前に着いた場合はどうか。
これは、指揮命令下にあると客観的に評価できるから、実際に得意先から電話が来ようが来まいが早出残業となる。タイムカードだけでは判別できず、内容で判断しなければならない。
また、前回保留しておいたが、毎日コンスタントに10分早く来て職場の掃除をしている人に、上司も「いやあ、毎日助かるよ。」などと言って黙認していれば、立派な労働時間であり、早出残業である。
用事がない時は始業時刻直前までカギを開けないという強硬策も考えられるが、たまたま早く着いてしまった人を閉め出しておくのも、悪天候の日など、逆に人権軽視と言われかねない。
『労働時間』定義はハッキリしているが…
ここまで自信たっぷり語ってから書くのも何だが、実は『早出』残業というのは正確な表現ではない。
上記のように、労働時間というのは客観的に定まるものである。『始業時刻』とか『終業時刻』または『休憩時間』の開始・終了時刻などは、就業規則や雇用契約で定めているはずだ。
なので、理屈から言うと、そういった労使が決めた時刻には、(その時その時が労働時間かどうか判断する基準としては)意味はない。ということになる。
だから、上の毎朝10分早く来て掃除する感心な方は、始業10分前から労働時間が始まり、終業時刻の10分前に法定労働時間が終わり(所定が8時間の場合)、そこから残業に入ったことになる。
その考えからすると、普通、後に付くのが残業で、前に付くことはない(離れて単独で存在する残業はある。)。
ただ、これでは実際の問題を扱うときに分かりづらいし、この違いが実害を及ぼすこともあるまいと思い、ここでは『早出残業』と称させてもらう。
この『労働時間か否か』という問題は、定義がはっきりしてからも、具体的な事案についての見解は、度々最高裁までもつれ込むほど難しい。
最高裁まで行ったということは、その前に地裁や高裁の判決があるわけで、勝訴の可能性がなければ控訴・上告はしないのが普通だ。結果として高裁や最高裁で判断が覆った例も多い。
労災問題が絡んでいる場合などは、さらにさかのぼって、労働基準監督署長・労働保険審査官・労働保険審査会の判断に納得できずに地裁に持ち込まれることもある。
最高裁の判決が絶対正しいわけではないが、これを一応の基準と考えても、下級審やその前段階の人々もそれほど能力が劣る人ばかりとは思えない。
労働保険審査会などは法律上『人格が高潔な人』ばかりで構成されているのだ(労働保険審査官及び労働保険審査会法による。これはこれでちょっと面白い。)。高潔な人格者が公正な判断を下せるかはまた別の問題かもしれないが。
いずれにしても、一般事業者としては、労働時間について理論的にどうこうではなく、法律上『どう扱われているか』で判断し、微妙なときにはリスクの少ない方を採るしかないようだ。
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