87.給与『直接払いの原則』



 給与『直接払いの原則』とは、給与は労働者本人に直接払うというもので当たり前だが、たとえ本人が了解していても、もっと言えば頼み込まれても、例えば本人が借金しているローン会社に払うことなどは許されない。

 普通は、本人に直接払って、あとは『自分でちゃんと払えよ。』と言うしかない。

 未成年の場合でも、親兄弟に払うのもダメ。弁護士とか本人の代理人に払うのもダメ
 万一『代理人』に支払ってしまっても『無効』なので、あとで本人から『そんなの聞いてないよ』と言われたらそれまでだ。

 法律上唯一の例外は、本人の『使者』に払う場合だけである。入院中の本人に頼まれて代わりに奥さんが受け取りに来るような場合だ。この場合は本人に支払ったのと同じことになる。

 また、本人の銀行口座に振込むのは、もちろん直接支払ったことになる。そうでなければ危なっかしくて銀行振込などできない。

 ここで、税・社会保険料・裁判所の決定がある場合・国税.地方税当局による給与差押えの場合は、全額払いの原則の例外①『法令に別段の定めがある場合』によって給与の一部が控除されたもので、『直接払いの原則』との関係はない。
 

給与ファクタリング

 
 数年前、『給与ファクタリング』というのが一種社会問題となったのを覚えているだろうか。これは、細かく言えば色々バリエーションがあるが、大枠次のような仕組みになっていたようだ。

 たとえば、2週間後の給与支給日に24万円の『手取り』をもらうことになっている労働者が、その権利(給与債権)を20万円で業者に売る。2週間後にその方に支給された給与24万円は、売った債権と引き換えに業者に渡す

 一見、単に売った債権を買い戻したように見えないこともない。

 給与債権を譲渡すること自体は禁止する法律はないが、たとえ他人の給与債権を正当に譲り受けたとしても、それによって譲り受けた人が、本人に代わって会社から給与を受け取ることは、この『直接払いの原則』により、絶対できない(1965.3.12最高裁判決)。

 ここに着目した裁判所は、2020年から各地裁で給与ファクタリング違法の判断を示してきた。

 最高裁も2023年2月20日、(給与ファクタリングの場合)『事実上、自ら(労働者が)債権を買い戻さざるを得なかったことと認められる』ので、こういう『取引に基づく金銭の交付は、貸金業法2条1項と出資法5条3項にいう「貸付け」に当たる』と、明確に結論付けた。

 つまりこれは『貸金業』の一形態であり、貸金業者が利息制限法の範囲内で行う場合を除いて違法であることが明らかになったことになる。

 冒頭の例で言うと、20万円借りて2週間後に4万円の利息を加えて24万円返すことになるので、『貸付け』としては年利約521%(法定上限金利の約29倍・単利計算)となり、違法は明らかだ。

 利息制限法では、利息の最大は、10万円未満なら20%・10万円以上なら18%・100万円以上なら15%となっている。20万円の場合は18%が限度なので、同じ2週間後に返すとすれば、0.69%・利息1380円が限度ということになる。

 経費やリスクを考えたらこれでは商売にならないので、『貸付け』と明らかになるにつれて、まともな業者はほぼ姿を消していったようだ。ただ、こうした商法は法の網の目をくぐって手を変え品を変えやってくるので、一応の注意はしておいた方がいい。
 

・非常時払いの制度もある

 
 ここで、一社労士として従業員の方にアドバイスするとすれば、

 非常の場合(本人またはその収入によって生計を維持する方が、出産・疾病・災害・結婚・死亡・やむを得ない事情による1週間以上の帰郷のとき)には、給与支払期日前でも、すでに働いた分の給与については支払ってもらえることになっている(労基法25条)

ので、そうした場合には、変な業者に頼む前に会社に相談してみるべきだ。
 

本人が死亡したときの給与

 
 本人が死亡してしまったらどうするのか。こんな話題でふざけていたら怒られそうだが、使者を送れるはずもない

 その場合は、未払給与は相続財産となり、正確にはもはや給与ではない。給与でなければ『直接払いの原則』は適用されないので、相続人に支払ってよい。正確には『死亡後に支払期の到来する』給与についてはだ。

 ここでの説明では、表現の煩雑さを避けるため、死亡後支給のものも『給与』とする。

 『死亡以前に支払期の到来した』給与は、普通もう支給済みのはずだ。ただ、ここで『支払期』は『支払日』を指すので、亡くなったのが支給日であれば、まだ支払っていないこともあるだろう。

 それでも死亡前に『支払期』は到来しているので、この場合は正式に『給与』だ。たとえ支給時刻にすでに死亡後であっても本人に支払い、源泉所得税も徴収しなければならない。
 

 たとえば、月末〆・翌月15日払いの会社なら、支払日と支払先は、

 死亡日      前月分の給与      当月分(死亡日まで)の給与
1日~14日      当月15日、相続人に   翌月15日、相続人に
15日~月末     当月15日、本人に    翌月15日、相続人に


となる。ただし、相続人から請求があった場合は、請求から7日以内に支払わなければならない(労基法23条1項)。

 休日や休暇または欠勤明けに出勤してこないので様子を見に行ったら亡くなっていたということもあり得る。悲しい話だが、このような場合で死亡推定日に幅があるときには、その『幅』の中の最終日を『死亡日』と扱う。具体的には次のようになる。
 

死亡推定日      『死亡日』
○年10月7日~9日   ○年10月9日
○年10月        ○年10月31日
○年10月~11月    ○年11月30日
○年          ○年12月31日
 

本人が行方不明の場合は?

 
 行方不明の場合は、まず現金払いの場合には会社に保管しておくと良い。時効は2020年から3年となったので、3年間は、本人が来たらいつでも払える状態にしておく必要がある。また、支払の意思を明確に示したい場合には法務局に供託するという方法もある。

 普段から振込の場合は、このときだけ現金払いというわけにはいかないので『全額払い』のところで書いたが、普通に振込むしかない。

 行方不明の場合は、給与以外にも退職のタイミングや離職理由・社会保険料など憂慮すべきことが多いので、いずれ項を改めて書くつもりだ。

 

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2023年10月03日