₁₉₇.労災保険のメリット制



 自動車の任意保険では『等級』というものがあり、一定期間事故がなければ等級が上がって次期の保険料が安くなり、逆に事故を起こすと等級が下がって保険料が高くなるシステムになっている。

 つまり、事故の頻度に応じて保険料を加減するわけで、まあ合理的な考え方といえる。これが事故を減らすインセンティブとなるのならそんなに結構なことはない。

 労災保険でもそれに似たシステムがあり、『メリット制』と呼ばれる。労災事故による保険給付額に応じて保険料を増減するものだ。

 これは、事業の種類が同じでも、その会社の作業工程や災害防止に対する努力・意識の違いから、事業所ごとに災害率が大きく違っているのが現実なので、保険料負担の公平性を図り、災害防止の努力を促進するためということで設けられている。

 従って、事業所の災害防止努力と無関係な通勤災害による保険給付分は考慮しない

 ただし、従業員が数人といったあまりにも小規模な事業所だと、偶然に左右され過ぎてかえって不合理なので、メリット制の適用を受けるのは、原則、ある程度の規模の事業所ということになる。
 

メリット制の対象となる事業所

 
 メリット制の対象は、連続する3年度中に、次のいずれかに該当する事業ということになっている。
 

① 労働者100人以上の事業
② 労働者20人以上の一定の事業
③ 確定保険料40万円以上で、有期事業の一括適用を受ける建設・立木伐採の事業

 
 それぞれ説明すると、
 

① 労働者100人以上の事業

 
 従業員が100人以上いれば、無条件でメリット制適用事業だ。
 

② 労働者20人以上の一定の事業

 
 この『一定の』とは、労災保険率を『‰』(千分率)で表すと、次の式が当てはまる場合をいう。
 

0.4 ≦ 労働者数 × ( 労災保険率 ー 0.6 )÷ 1000

 
 この右辺を『災害度係数』という。『ー0.6』というのは、主に通勤災害分で『非業務災害率』という。これは前述したように災害努力と関係ないので除く。

 たとえば清掃業で従業員が35人なら

35 × ( 13 ー 0.6 )÷ 1000 = 0.434

となり0.4以上なのでメリット制の対象になることが分かる。
 同様に②の場合(20~99人)でメリット制の対象かどうかを逆算すると、
 

  ○ 労災保険率 20.5‰以上  ➡  必ず対象になる
  ○ 労災保険率 5~20‰    ➡  人数によって対象になる
  ○ 労災保険率 4.5‰以下    ➡  対象にならない
 

ということになる。実際の業種別ではメリット制の対象となる人数は次のようになる。ただし建設業は除いた。
 

・ メリット制の対象となる人数(継続事業)

                            労災保険率 メリット対象


・金属鉱業・石炭鉱業・林業・採石業・船舶所有者の事業 
・定置網.海面養殖・窯業・土石製品製造業・船舶製造.修理業       ➡ 20人以上
・海面漁業(定置網.海面養殖以外)             (18)  ➡ 23人以上
・陶磁器製品製造業                   (17)  ➡ 25人以上
・石灰石鉱業・木製品製造業・港湾荷役業・農業・清掃業等 (13)  ➡ 33人以上
・金属製品製造業                    (9)  ➡ 48人以上
・貨物取扱業                      (8.5) ➡ 51人以上
・非金属精錬業・パルプ又は紙製造業           (7)  ➡ 63人以上
・一般金物製造・倉庫・警備・消毒・害虫駆除・ゴルフ場等 (6.5) ➡ 68人以上
・ガラス.セメント製造・ビルメンテナンス業等        (6)  ➡ 75人以上
・食料品製造業                     (5.5) ➡ 82人以上
・機械器具製造業・金属材料製造業            (5)  ➡ 91人以上
・他、労災保険率4.5以下の事業                   ➡ 100人以上

ということになる。
 

有期一括事業は、従業員数関係なくメリット適用!

 
 ここまでで、《20人未満ならメリット制は関係ないな…》と思った方がいるかもしれないが、メリット制の対象となる事業所の③つめに、
 

③ 確定保険料40万円以上で、有期事業の一括適用を受ける建設・立木伐採の事業

 
 というのがあるので、これらの事業なら20人未満でも対象になることがある。最初の説明で『原則、ある程度の規模の事業所』といったのはこれがあるからだ。

 ③に関しては『労働者数』は一切関係ない。数人規模の事業所でもメリット制の対象となり得る。

 『有期事業の一括』適用を受けている建設業・立木伐採業の場合、労働者数に関わらず、確定保険料が40万円以上あればメリット制の対象になることを知っている事業主は少ない。

 これはけっこう盲点で、5月下旬から6月上旬に労働保険の申告書が届き、その中に見慣れぬ『メリット制』の告知文書が入っていて驚く方が多い。

 たとえば、立木伐採の場合(労災保険率52‰)で2人の従業員に400万円ずつ給与を払っている場合、労災保険の確定保険料は41万6000円となるので、メリット制の対象となる。

 土木工事業(同15‰)なら、元請としての請負金額が税抜1億2000万円あれば、労務費率23%で賃金総額2760万円・労災保険料41万4000円となるので対象だ。
 

2~4年度前の保険給付額で算定

 
 その年度のメリット率(増減する率)は、『メリット収支率』によって決まる。

 『メリット収支率』とは、ザックリ言うと4年度前から2年度前まで3年度間(以下『3年度間』)に、業務災害によって保険給付された額の、支払った労災保険料に対する比率だ。

 おおよそのメリット収支率を求める式は次のようになる(完全に正確なバージョンは、厚労省の説明にあたってほしい)。
 

                 3年度間の業務災害による保険給付*¹
メリット収支率 = ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
          3年度間の労災保険料×(労災保険率*²ー0.6)÷労災保険率×調整率*³

*1 発症から3年以内のもの。障害・遺族補償年金は発生年度の一時金相当額
*2 労災保険率は千分率(‰)
*3 『調整率』は以下の通り
 

・ 調整率って何?

 
 『調整率』は、統計的に次の数値になっている
 

○ 林業             51%
○ 建設業            63%
○ 港湾貨物取扱・荷役事業    63%
○ 船舶所有者の事業       35%
○ それ以外の事業        67%
 

 この『調整率』とは何かというと、分子に算入される年金給付は一時金に換算した額だが(*¹)、分母の保険料は年金として保険給付に要する費用を基にして設定された料率によるものなので、その比率をもとに設定されたようだ。 
 

メリット制による増減は±40%

 
 メリット制が適用されたときの『メリット率』は、上記『メリット収支率』によって次のように定められている。
 

事業の種類┏━━━━ 一括有期事業 ━━━━┓  継続事業
確定保険料 100万円未満┏ 100万円以上 ━┓
業種     建設・伐採 建設業  立木伐採
収支率

10%以下   ー30%  ー40%  ー35%   ー40%
20% ”    ー25%  ー35%  ー30%   ー35%
30% ”    ー20%  ー30%  ー25%   ー30%
40% ”    ー15%  ー25%  ー20%   ー25%
50% ”    ー15%  ー20%  ー15%   ー20%
60% ”    ー10%  ー15%  ー10%   ー15%
70% ”    ー10%  ー10%  ー10%   ー10%
75% ”    ー 5%  ー 5%  ー 5%   ー 5 %
85% ”    ± 0%   ± 0%  ± 0%    ± 0 %
90% ”    + 5%  + 5%  + 5%   + 5 %
100% ”    +10%  +10%  +10%   +10%
110% ”    +10%  +15%  +10%   +15%
120% ”    +15%  +20%  +15%   +20%
130% ”    +15%  +25%  +20%   +25%
140% ”    +20%  +30%  +25%   +30%
150% ”    +25%  +35%  +30%   +35%
150%超    +30%  +40%  +35%   +40%


 つまりメリット制の対象となる事業については、前項の『メリット収支率』が75%以下だと収支率に応じて労災保険料が減免されるが、85%を超えると割増になる。

 

 

 

2024年12月20日