未払い賃金立替払い制度
企業が倒産して未払い賃金が発生したとき、これを一部立替払いする制度がある。
これまでの話の流れから言って《ずいぶん唐突だな》と思われるかもしれないが、ここで扱うのは、この制度が労災保険制度の仕事のなかの『社会復帰促進等事業』(労災の特別支給金もその事業)の1つとして『労働者健康福祉機構』(以下『機構』)が行なっているからだ。
企業の倒産はある日突然発表されることが多い。それまで毎月法律通り給与を支給していたとしても、〆日と支給日の関係で未払い賃金が発生するのが普通だ。
ましてや倒産時だ。法律上はあり得ないが実際には、数ヶ月分の給与が滞っていた…という話もよくある。
いきなり夜逃げされたとかなら論外だが、倒産後に社長が《従業員の給与だけは払ってやりたい》と思ったとしても時すでに遅し。一部の債権者のために勝手に財産を処分するわけにはいかない。
・ 賃金には『先取特権』があるが…
倒産の場合、その何ヶ月前の分の給与かによっても扱いは違うが、いずれにしても賃金債権には『先取特権』が認められている。しかしそうは言ってもないところからは取りようがない。
また賃金の『先取特権』も、一般の債権よりは優先されるというだけで、租税債権・抵当権等の被担保債権のように賃金債権よりも優先されるものもある。
わずかに財産が残ったとしてもこれらを差引けば、給与が全額支払われないことも多い。
・ 未払賃金の立替払制度
そこで、未払賃金の立替払という制度ができた。これは、倒産で賃金が支払われないまま退職した労働者に対し、賃金の一部を『機構』が立替払いする制度だ。
あくまで『立替払い』なので、その金額が『機構』の債権に移るというだけで、会社の債務がなくなるわけではない。労災保険の関連団体がやっているということで『給付』のように思う方がいるがそうではない。
また、立替払いされるのは未払賃金の一部なので、従業員の方にとっても、立替払いされなかった分の賃金は『賃金債権』としてそのまま残る。だから立替払い金の請求によって、戻らなかった分の請求をあきらめた=請求を放棄した…ということにはならない。
未払賃金立替払いの要件
倒産等で発生した未払賃金の立替払の要件は次のようになる。
・ 事業主の要件
1年以上事業をしていた労災保険適用事業が倒産したこと
ここで、
◎ 『事業主』とは、法人または個人事業主
◎ 『倒産』とは、ここでは、
・ 法律上の倒産 ー 破産・特別清算・民事再生・会社更生
・ 事実上の倒産 ー 事業活動停止・再開見込みナシ・賃金支払能力ナシ
の状態をいう。従って、個人事業主の破産も『法律上の倒産』に入る。
『事実上の倒産』は、中小企業で監督署の認定があった場合のみ対象になる。
『中小企業』とは、
・ 労働者50人以下 または 資本金 5000万円以下の 小売業
・ ” 100人以下 または ” 5000万円以下の サービス業
・ ” 100人以下 または ” 1億円以下の 卸売業
・ “ 300人以下 または ” 3億円以下の 他の事業
をいう。
つまり、これ以外の大企業で『立替払』の対象になるのは『法律上の倒産』のときだけということだ。
・ 労働者の要件
労働者の要件としてはまず『労働者である』ことは当然として、
① 倒産(破産手続き開始等の申立て)6ヶ月前から2年間に退職した方で、
② 未払賃金額について、破産管財人・労働基準監督署長が証明・確認していて、
③ 倒産翌日から2年以内に立替払を請求している
ことが必要だ。
①は倒産前後その期間内に『退職』した方なら対象なので、たとえば倒産3ヶ月前に見切りをつけて『自己都合』で退職した方でも未払賃金があれば対象になる。
立替払いの対象になるもの
立替払いの対象は、退職日の6ヶ月前から立替払い請求日の前日までに支払期日が到来している未払賃金だ。
ただ、未払の金銭なら何でも含まれるわけではなく、次のように決まっている。
・ 『未払賃金』には、退職金は含むが、賞与は含まない。
・ 解雇でも、解雇予告手当は含まない。
・ 中退共等に加入している場合、そこから支払われる退職金は含まない。
・ 未払額が総額2万円未満のときは対象外。
まず、支払日を過ぎないと、未払が確定しないので請求できない。
たとえば月末〆・翌月20日払いの事業所が今月5日に倒産した場合、翌月20日にならないと『今月分』の給与の支払期日は到来しない。従って、どう考えても支払われないと分かっていても、支給日の翌日以降でないと全額の請求はできない。
さらに退職金については、ざっと退職2ヶ月後くらいが平均的な支給時期のようで、会社によっては半年後というところもある。この場合も、規定の支給日の翌日まで待たなければその分についての請求はできないことになる。
この立替払いは国の制度なので、時効にかからない限りは規定された立替についての心配はないが、倒産直後は様々な情報が飛び交うのが普通なので、疑心暗鬼になるのも無理はない。
会社の規定上の退職金額が1千万円を超えるなど、次項に書いた立替金の『限度額』をはるかに超えるような場合には、先に差押えや仮差押えの申立てをしておく方法もある。
立替払い金の金額
立替払いされる金額は、未払賃金総額(給与+退職金)の80%と決まっている。
ただし、退職日の年齢により、次のように立替金額の上限が決まっているので、これを超えることはない。
・ 立替金額の限度額
・30才未満 88万円
・30~44才 176万円
・45才以上 286万円
そのため、未払金額と立替金額の関係はたとえば次のようになる。
未払金額
年齢 20万円 100万円 200万円 300万円 370万円以上
30才未満 16万円 80万円 88万円 88万円 88万円
30~44才 16万円 80万円 160万円 176万円 176万円
45才以上 16万円 80万円 160万円 240万円 296万円
これら立替金額については、社会保険料・所得税・住民税等控除せず、全額支払われる。