前回、会社帰りに足首を負傷した場合について、
① 会社を出たとたん、玄関先の段差でひねった ➡ 業務災害
② 会社の敷地を出て歩道と車道の境目の段差でひねった ➡ 通勤災害
③ 途中でカラオケに行くことになり、その店先でひねった ➡ 私傷病
だという話をした。
ここで、通勤災害にならない場合についてもう少し詳しく考えてみる。
出勤・退勤時も会社敷地内なら業務災害
業務災害とは業務による災害で(そのまんまですが)、業務起因性・業務遂行性が認められる必要がある。ここで、
『業務起因性』とは『業務に内在している危険有害性が現実化したと経験則上認められること』をいい、
『業務遂行性』とは『労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態で、命じられた業務に従事しようとする意思行動性』
とされる。
そのため、通勤時の災害であっても事業主の支配下にある場合は『業務災害』になる。
終業後(終業時刻後ではない)何時間も業務と無関係なことをしたあとに帰宅したような場合を除いて、会社敷地内であれば事業主の支配下にあると解される。
・ 事業主の支配下なら業務災害
従って、①会社を出たとたん、玄関先の段差でひねった場合は普通、業務災害となる。ドラえもんのようにどこでもドアが使えればともかく、普通は出勤・退勤せずに会社業務をすることはできないからだ。
ほかに『通勤途中』やこれと紛らわしい場合でも『事業主の支配下にある』として、途中の事故が『業務災害』になり得る場合としては、次のようなものがある。
・ 専用の送迎バスなど、事業主の提供する交通機関での通勤
・ 突発的事故の発生などにより、休日・休暇中に緊急呼び出しを受けて出勤する場合
・ 自宅から出張先への往復中
・ 自宅付近は戸建て・アパートで判断が分かれる
逆に通勤途中でも自宅付近の場合はどうか。これは、戸建てかアパートかで判断が違ってくる。
アパートの場合は自室のドア外であれば通勤災害になるが、戸建ては玄関先の事故なら私傷病だ。この先は筆者の見解になるが、要はその場所が自己の管理下にあるかないかで線引きしているようだ。
通勤経路を逸脱・中断したら、原則は私傷病
通勤とは、労働者が、就業に関し(会社と住居の往復など)一定の移動を、合理的な経路及び方法により行うこと(業務の性質を有するものを除く。)とされる(労災保険法7条2項)。『一定の移動』については次回触れる。
そして、通勤により負傷・疾病を生じたときには労災保険から給付がある。
・ 1歩足を踏み出した瞬間から…
だから、③の例のように途中から通勤と関係ないことをした場合は、通勤を逸脱・中断したことになるので、そのときのケガは『通勤による』ものではないので私傷病という扱いだ。
正確には、通勤経路を外れカラオケ店に向かって1歩足を踏み出した瞬間から逸脱・中断となり、もちろん、その後短時間で店を出て家に向かって通勤コースに復帰したとしてもそれからのケガが『通勤災害』になることはない。
これが原則だが、伝書バトのごとく自宅と職場の間を行き来するコースを少しでも外れたり、別のことをしたら全て『通勤でない』というのも現実的でない。人間、通勤途中についでに別の用事を足すことも往々にしてあるからだ。
・ 復帰後は通勤災害となる『別の用事』
そこで、日常生活上必要な次のような行為は、その『別の用事』をしている間なら私傷病だが、用事が終わって通勤経路に復帰した後の災害は『通勤災害』とすることになっている。
① 日用品の購入など
② 一定の職業訓練・教育訓練
③ 選挙権の行使
④ 病院・診療所等の受診等
⑤ 継続・反復して行われる、
要介護状態にある配偶者・子・父母・配偶者の父母・孫・祖父母・兄弟姉妹の介護
⑤で、アンダーラインが付いている方の介護は以前は『同居・扶養』の要件があったが、2017年に撤廃されている。
・ 子どもを保育所に預けるのは?
ここにはよくある『子どもを保育所に預けてから出社』(または引き取ってから帰宅)というケースは含まれていない。この場合は通勤災害の対象外なの?と心配する方もいると思う。
かなり古いので多少時代がかった表現もあるが、通達では
『(前略)他に子供を監護する者がいない共稼労働者が託児所、親せき等に子供を預けるためにとる経路などは、そのような立場にある労働者であれば、当然、就業のために取らざるを得ない経路であるので、合理的な経路となるものと認められる。(後略)』(1972.11.22基発644号)
となっている。
つまり、前項の①~⑤は、通勤の『合理的な経路を逸脱』した場合の救済規定だ。
この通達によれば『子どもを保育所に預けてから出社』というのは、それ自体が『合理的な経路』とされるので、通勤を逸脱・中断したことにはならない。だから、救済するまでもなく当然に通勤災害の対象になる。
しかも、この場合は逸脱・中断していないので、保育所の先生に子どもを預けるまさにその時に何かあっても、他の要件を満たせば通勤災害になり得る。
ささいな行為は通勤の『逸脱・中断』にならない
他にも、通勤経路上又は近くでの次のような行為は『ささいな行為』として通勤の逸脱・中断とはみなさず、その行為中を含めて通勤途中となる。
① 経路近くのトイレの使用
② 経路近くの公園での小休止
③ 経路上の店でのタバコ・雑誌等の購入
④ 駅構内でのジュースの立ち飲み
⑤ 経路上の店で渇きをいやすためごく短時間お茶・ビール等を飲む行為
⑥ 経路上の手相見・人相見に立ち寄り、見てもらう行為
通勤『による』負傷・疾病でないとダメ
とは言え、いかに通勤途中の負傷・疾病であっても、それが通勤と因果関係がなければ『通勤災害』にはならない。
たとえば故意や自殺行為・ケンカなどはダメだ。これを認めたら『保険』でなくなってしまうので当然だろう。ちなみに『故意の犯罪行為』や『故意』は健康保険上も給付対象外だ。
ただし、自動車通勤する方が前車の発進を促すためクラクションを鳴らしたところ、逆ギレしたのか前車の運転手にピストルで射殺された事件(1977.8.27・大阪府)では、この年のうちに『通勤災害』として遺族年金の支給が決定されているので、この『通勤との因果関係』はかなり広範囲に認められているとはいえる。