社会保険の扶養関係や、後で見るように遺族年金の受給権の問題などでは『生計維持関係』が問われる。この『生計維持関係』とは、いったいどういう関係なのか。
健康保険法上の『生計維持関係』
・ 扶養認定は収入要件が厳格
健康保険法上の『被扶養者』は、、
主としてその被保険者により生計を維持するもの(健康保険法3条7項)
が前提となるので、まさしく『生計維持関係』にあるかどうかが問題になる。
この『生計維持関係』とは、『生計を同じくしている』ことは当然として、さらに次の①と②を共に満たす関係だ。
① 扶養対象者の収入が130万円未満
(60才以上または一定の障害がある場合は180万円未満)
② ア.同居の場合、被保険者の年収の2分の1未満
または、被保険者の年収以内で、
被保険者が生計維持の中心的役割を果たしていると認められるとき
イ.別居の場合、被保険者からの援助額未満のとき
ここでアの『同居』とは、正確には『同一世帯』の場合。イの『別居』とはそれ以外の場合だ。
『同一世帯』とは
さらに『同一世帯』とは、
『住居及び家計を共同にする者をいい、同一戸籍内にあるかを問わず、被保険者が世帯主であることを要しない』
とされる。
『埋葬料』は、生計の一部維持で『生計維持関係』あり
被保険者が死亡したときに支払われる同じ健康保険法の『埋葬料』の支給要件も、その者により『生計を維持』していた者とされる。
上の理屈から言えば『埋葬料』支給対象は被扶養者限定かと思えばさにあらず。これについての『生計維持』関係は、もっと広く認められている。
少し長くなるが訳あって、ある通達の全文を引用する。
・ 今も生きる通達
(埋葬料支給において『その者により生計を維持していた者』とは、)
①死亡当時その収入により生計を維持していた者をいい、死亡者の収入により生計を維持していた事実があれば足りる。民法上の親族又は遺族であることを要せず、かつ、被保険者が世帯主であることも、また被保険者により生計を維持する者が被保険者と同一世帯にあったか否かは関係のないことである。
②被保険者により生計の全部または大部分を維持した者のみに限られず、生計の一部分を維持した者をも含む。
何となく、因習にとらわれない斬新な感じがしないだろうか(しないか…)。実は
①は1932年(昭和7年)4月25日
②は1933年(昭和8年)8月7日
発出の通達だ。この90年前の通達が今も生きている。健康保険法は1922年(大正11年)制定の古い法律なので、時々こういうものがある。いくら古くてもいいものは残るのだ。
ということで『埋葬料』の支給は、生計の一部分でも維持した者であれば対象になる。ただ、この対象から外れても、実際に埋葬したのであれば『埋葬費』の対象とはなる。
とはいえ実務的にも『埋葬費』の請求には『埋葬を行った』個人あての(○○家あてではダメ)葬祭に要した費用の(葬儀業者等の)領収書(原本)が必要になるので、『埋葬料』が支給されるならそれに越したことはない。
健康保険法上、現在の埋葬料は一律5万円・埋葬費は埋葬に要した費用(上限5万円)となっているが、埋葬に要した費用が5万円を下回るということは通常あり得ないので、金額的にはどちらでも事実上同額だ。
遺族年金の『生計維持関係』は、年収・所得制限あり
遺族年金の受給権は
被保険者等が死亡した当時、その者によって生計を維持されていた一定の遺族
に発生する。この場合、今回の核心の『生計を維持』されていた遺族の基準だが、
・『生計維持』の基準
① 死亡した被保険者と生計を同じくし、
② 恒常的な収入が将来にわたって年収850万円以上にならないと認められること
の要件を満たす遺族とされている。死亡した被保険者等との『収入割合』についての規制はないので、遺族の方が高収入でも問題ない。この辺は『扶養』の要件よりはかなり緩い。
しかも、実際には、次のうちいずれか1つでも該当すれば②の要件はクリアと認定される。
・ 遺族年金で『生計維持関係あり』と認められる場合
上記①を前提として、前年(または前々年)の
ア. 収入が850万円未満
イ. 所得が655万5000円未満
ウ. おおむね5年以内にア.かイ.になると認められる
もちろんここでは前記『生計維持』の基準②により、単発的な収入・所得は含めない。つまり、
・ 非課税収入を含めてア850万円未満なら即決。
・ 収入850万円以上でもイ所得が655万5000円未満なら対象。
・ 現在基準額を超えていても、ウ5年以内に基準を下回る見込みならOK。
ということになる。
課税収入のみの場合は給与収入850万円なら所得が655万円なのでアもイもほとんど変わらないが、通勤手当等で非課税の収入がある場合や、必要経費が認められる所得が多い場合はイの所得基準の方が有利になることが多い。
遺族補償年金(労災保険)の『生計維持関係』
労働者が業務上死亡したときに支給される『遺族補償年金』も『生計維持関係』があることが要件だが、この『生計維持関係』については、
労働者の死亡当時における当該遺族の生活水準が年齢、職業等の事情が類似する一般人のそれをいちじるしく上回る場合を除き、当該遺族が死亡労働者の収入によって消費生活の全部または一部を営んでいた関係が認められる限り、当該遺族と死亡労働者との間に「生計維持関係」があったものと認めて差し支えない。
ことになっていて、共働きはもちろん、一部でも家計に貢献していれば対象になる。遺族の生活水準が『一般人のそれをいちじるしく上回る場合』は除かれることになってはいるが、実際にこれで除かれた例は知らないので、一般人とはかけ離れた、想像を絶する生活水準の場合だけだろう。
税法上の『生計を一にする』
扶養控除や配偶者控除等は『生計を一にする』ことが要件だ。これは国税庁によると、
「生計を一にする」とは、必ずしも同居を要件とするものではありません。例えば、勤務、修学、療養等の都合上別居している場合であっても、余暇には起居を共にすることを常例としている場合や、常に生活費、学資金、療養費等の送金が行われている場合には、「生計を一にする」ものとして取り扱われます。
なお、親族が同一の家屋に起居している場合には、明らかに互いに独立した生活を営んでいると認められる場合を除き、「生計を一にする」ものとして取り扱われます。
となっている。
まず否定から入っていて、「『生計を一にする』とはどういう状態ですか?」という疑問に対するストレートな回答とはならないが、大事なのは実務上の取扱いなのでこれで十分ともいえる。
つまり、同居の場合は原則、別居の場合でも送金の事実がある場合は「生計を一にする」と取り扱うということだ。
※ 訂正
・今も生きる通達
11行目 対象 ➡ 大正 '24.06.19