『減給の制裁』には前回書いたように就業規則等上の根拠が必要だが、従業員が『減給の制裁』を受けるときの状況を考えると、無断遅刻や無断欠勤だけでなく、処分が決まるまで自主的に欠勤している場合なども含めて『欠勤控除』の対象となっている場合も多いだろう。
こうした場合の減給の制裁の限度額についてはどうなるのだろうか。
・ 1回当たりの減給の限度は変わらない
前回見たように、減給の限度額は、その原因となった行為『1回につき平均賃金の半額』という規定だ。平均賃金はザックリ言うと過去3ヶ月の賃金で決まるので、欠勤によって当月の給与が減っても、減給1回当たりの限度額が変わることはない。
・ 『ひと月の総額の限度』は、実際に支払われるべき金額が基準
これに対してひと月(正確には『一賃金支払期』)における減給総額の限度は『一賃金銀支払期における賃金の総額の10分の1』となっているので、現実にその月に支払われるべき金額すなわち欠勤控除後の金額が基準になる。
欠勤控除の仕方についての法律上の定めはないので色々なパターンがあるが、たとえばこの月、月影さんが欠勤により給与を129,850円減額されることになっているとする。
この場合、現実にその月に支払われるべき金額は144,808円(274,658円
ー129,850円)なので、この月の減給の制裁の総額限度は
144,808円 × 1/10 ≒ 14,480円
になり、欠勤がなかった場合(27,465円)をかなり下回る。
つまり、平均賃金から算定した最大の減給額『4,648円』は変わらないので、3回分(13,944円)がこの月の限度で、4回目分を減給しようとするなら、限度額の14,480円を超える4,112円は翌月持越しになる。その場合、この月に支払われる給与は
144,808円 ー 14,480円 = 130,328円
になる。
しつこく『支払われるべき』金額としたのは、上の144,808円が欠勤控除の結果(制裁に関係なく)『支払われるべき』金額で、130,328円の方は、減給の制裁によって実際に『支払われる』金額だからだ。
この場合、減給総額14,480円は実際に支払われる130,328円の10分の1を超えるが、これは減給の結果で当然だ。
減給の制裁と割増賃金
次に、減給の制裁があったときにの割増賃金について考える。
割増賃金の計算の基礎になる『基礎賃金』について、実態としては多くの会社で昇給月に変更した金額を1年間そのまま使い、職務関連の定額の給与が増減したときのみ変更しているようだ。
たとえば皆勤手当が出ない月でも『基礎賃金』を計算しなおしたりせずそのまま計算するなどだ。これは労働者に有利なので問題ないし、事務担当者の労力を考えても合理的といえる。
この場合、労基法上の『最低基準』としては、皆勤手当の分だけその月の職務関連給与が減る影響で基礎賃金も低下し、結果的に残業時の割増賃金も減ることになる( ― 5.基礎賃金と除外賃金 ― )。
・ 『減給の制裁』による減額分は基礎賃金計算に入れない
『減給の制裁』により『職務関連給与』が減額される場合はどう考えたらいいか。
この場合、割増賃金に関しては、その基になる基礎賃金は減給前の『職務関連給与』から計算する。つまり、欠勤控除があった場合と同じ扱いだ。
これは、減給後の賃金を基礎賃金として使うと『二重罰』になるから…という説明がなされる。
つまり、『その月の職務関連給与』が減給によって低下し、これを基に算定すると基礎賃金も当然低下する。当然割増賃金も低下する。その方は減給で制裁を受け終わっているにもかかわらずさらに割増賃金も減額するのは二重罰にあたるという意味だ。
さらに、仮に割増賃金を減額するとすれば、その月に支払われるべき『賃金総額』も低下する。その結果『一賃金支払期における減給の総額の限度額』も低下することになる。『限度額』いっぱいまで減給しようとすれば、数学的にも矛盾が生じそうだ。Excelなら『循環参照エラー』が出ると思う。
『出勤停止』の制裁による給与不支給
前回書いたように制裁の一種として『出勤停止』というのがある。これは通常その分の給与は一切出ない。
もちろん出勤を停止することと給与をどうするかということは理論的には別問題なので、そのとき給与を支給するのかしないのか就業規則等に記載しておくことは必要だが、例外的な場合を除けば出勤を停止されると仕事はできないので、ノーワークノーペイの原則から給与は不支給となるのが普通だ。
こうした対応は、ー ₁₂₃.減給の制裁には限度額がある ー で紹介した厚労省の『モデル就業規則』の懲戒の規定例にも載っているごく一般的な取扱いといえ、『出勤停止』という制裁に付随して給与が不支給となるもので、二重罰とは扱わないことになっている。
ただし、このように『出勤停止』は労働者にとってかなりキツいので、あまり長期間に及ぶとその有効性が問題になることが多い。
『出勤停止は○日以内にせよ』という法令は存在しないが、戦前の『工場法』の時代に7日の限度が定められていた影響が今も残り、これを大きく超える『出勤停止』は、それ相応の根拠がないと難しいようだ。
・ 休業命令は別
休業命令にも色々な場合があるが、ここでは懲戒処分と関連したパターンを取り上げる。
不祥事が起こった場合には、事実関係の調査やその従業員の出勤による職場の風紀上の問題を避けるため、処分が決まるまで『自宅待機命令』等の休業命令を発することがある。
これは懲戒処分としての『出勤停止』とは全く別物で、広く『会社都合による』休業となるので、最低でも平均賃金の6割の休業手当の支給が必要だ。その『休業命令』に根拠がないということになれば、民事上は給与全額を支払わなければならない。
一般に労働者には賃金請求権はあるが『就労請求権』はない。従って基本的に休業命令は受け入れなければならない。『一般に』というのは、休業命令には、歴史的にも不当な動機が隠れていることもままあるので、そういった特殊な場合も含めれば『就労請求権はない』とは一概に言い切れないからだ。
戦後しばらくあったのが『組合つぶし』の動機だが、昨今はあまり聞かなくなった。代わって登場したのが『退職勧奨』を偽装した『退職強要』等の場合だ。
こういった『不当な動機』が絡んでいる場合を除けば、正当な休業命令が問題になることはないだろう。