₁₂₅.企業の懲戒権



前回まで、平均賃金と関連して懲戒の一種としての『減給の制裁』や『出勤停止処分』などを見てきた。ここでは、従業員の不祥事に対する企業の懲戒の要件について考える。
 

懲戒の必要性

 
 会社がその社会的責任を果たすためには、というか、そこまで大上段に構えなくても、まっとうに事業を営んでいくためには会社内の秩序が保たれている必要がある。

 今どき高度経済成長時代のような『24時間働~けますか♪』というような従業員に対する態度は時代錯誤も甚だしいが、反対に社内の秩序が乱れてカオスのような状況ならまじめな従業員も安心して働けないし、会社の業績がどうこういう以前の問題だろう。

 ということで、企業には、企業秩序を順守させる権限がある。この権限を実効あるものとするための方策の1つとして認められているのが『懲戒権』というものだ。

 この『懲戒権』にしても、やみくもにこれを振りかざされては従業員の生活が脅かされるので一定の限度がある。どの程度の非違行為に対してどの程度の懲戒処分が適当かという判断はなかなか難しく、特に懲戒解雇の合法性などについては結局裁判に持ち込まれることも多く、たびたび新聞紙上でも話題になる問題でもある。

 ここでは、その詳細に立ち入りすぎると話が専門的になり過ぎるので、詳しく知りたい方は各所から出版されている判例集などでその傾向をつかんでもらうしかない。
 もっともこの『懲戒権』行使だが、方法論的には一応の原則がある。
 

『懲戒』の原則

 
 企業の懲戒について、法律上は次のように規定されている。

『使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び様態その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。』(労働契約法第15条)

 労働契約法は民法の特別法として位置づけられているので、労働基準法と違いこれに違反しても処罰されることはないが、民法上は無効となる。

 この第15条については一般に『懲戒権濫用法理』と言われ、『解雇権濫用法理』と並んで重要だ。ちなみにこの『解雇権…』の方は、同じ法律で

『解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする』(労働契約法第16条)

と、もっとシンプルで、『…することができる場合』というような前提条件もない。

 ここは『懲戒』の話なので、これについてもう少し具体的に書くと、有効な懲戒となるためには次の要件が備わっていることが必要ということになる。
 

懲戒の4要件

 
 ① 就業規則等に懲戒事由が明記されている
 ② 懲戒事由に該当する事実がある
 ③ 懲戒処分の種類・量定が社会通念上相当である
 ④ 懲戒処分の適正手続きを経ている
 

① 就業規則等に懲戒事由が明記されている

 
 ①は、罪刑法定主義の原則から導かれる『懲戒することができる場合』(労働契約法第15条)の要件で、就業規則等に記載がない場合はそもそも懲戒することができない。『有効な懲戒』という意味では、入口の時点で対象外ということになる。

 もちろん、懲戒の原因となった行為の前に、その懲戒事由が就業規則等に明記され、周知されていることが必要で、後付けは『遡及処罰禁止の原則』※から無効だ。

※ 遡及処罰禁止の原則とは、行為時に法律上犯罪とされていなかった行為を、後に制定された法律によって処罰することを禁止する原則(広辞苑)
 

② 懲戒事由に該当する事実がある

 
 ②は当然で、事実がないのに懲戒したら企業版冤罪事件になってしまう。ただし、無断遅刻・欠勤など非違行為が客観的に明白な場合はともかく、特に、横領などの故意犯や各種ハラスメント等の場合はこの『事実確認』の作業が大変な場合が多い。

 具体的には、まず客観的証拠をもとに事実確認のための調査をし、本人に十分な弁明の機会を与え、事実を確認しなければならない。
 そのため、一般に企業には調査する権限・従業員には調査に協力する義務があると考えられている。

 ただし、個人のプライバシー権との関係もあるので、企業の調査権には限界もある。たとえば、会社の備品であったとしても個人使用のロッカーを同意なしに調べるようなことは原則できない。刑事捜査なみの権限があるわけではないので留意したい。
 

・ 個人責任の原則

 
 ここで『懲戒事由に該当する事実』とは、その個人責任の範疇にある『事実』に限る。江戸時代の5人組のような『連帯責任』は許されない

 『部下の不祥事の監督責任により上司を懲戒処分』というのもよく聞く話だが、これも『その上司が部下の監督を怠った』という事実を確認してはじめて『懲戒』できるので、その事実がなく、しっかり監督していたにもかかわらず部下が不祥事を起こした事実が確認されたのなら、こうした処分はできない。
 

③ 懲戒処分の種類・量定が社会通念上相当である

 
 同じ種類の非違行為であってもその様態や情状は様々なので、就業規則等の懲戒の項でも、ある行為に対する懲戒の種類として記載されている内容は、かなりの幅を持たせてあるのが普通だ。

 この範囲から量定を決めることになるが、懲戒の種類・量定についても社会通念上納得が得られるものである必要がある。

 特に、過去に似たような事例があるのなら、考慮に値する個別の事情がないにもかかわらずこれと異なる量定とすれば不平等となり、処分の正当性ひいては会社の信用が揺らぐことになる。

 もし、法令や社会情勢の変化等で同様の事例でもより厳しい処分としたいときは、事前の周知が必要だ。

 さらに、一度量定が決まったら、後からこれを蒸し返してさらに処分を追加するということはできない(二重処罰の禁止)。
 

④ 懲戒処分の適正手続きを経ている

 
 就業規則等で、懲戒処分はだれがどのような手順で決定するのか定められている場合は、その手続きに沿った形で行われていない懲戒は無効になる。

 懲罰委員会で決定することになっているのなら懲罰委員会を開催して決めなければならないし、労働組合と協議することになっているのなら労働組合と協議しなければならない。

 こうした手続の正当性については、これに瑕疵があった場合、被処分者にとっては一番不当性を立証しやすいところでもあるので、慎重に対応すべきだ。
 

憲法との関係

 
 さて、ここまで読んでいただいた方は感じたと思うが、これら懲戒の要件は、憲法に規定された刑事裁判における原則とも相通ずるものがある。
 というよりは、ほとんどその考えがもとになっている。たとえばここに出てきた『遡及処罰の禁止』や『二重処罰の禁止』は、憲法39条の

『何人も、実行の時に適法であった行為またはすでに無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない

の規定が出どころだ。

 国の『懲戒権』は企業のそれとはケタ違い。国民の自由や財産を奪うこともできるし、死刑の確定判決で生存権を奪うことすら可能。こうした強大な権力は何らかの手段で監視・制限しなければ独裁国家になってしまう危険がある。これを防ぐため、憲法にこうした規定があるのは知られている通りだ。

 憲法は、私人間の関係を直接規制するものではないが、人を懲戒する以上、こうした原則を頭に入れておくことは必要だろう。

 

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※ 訂正
懲戒の必要性 2行目
費用が ➡ 必要が
②懲戒事由に該当する事実がある 6行目
本人には ➡ 従業員には  '24.03.07

2024年03月05日