時季指定権と時季変更権
これまで見てきたように、年次有給休暇については、従業員に『時季指定権』、会社に『時季変更権』がある。
この2つの権利の兼合いは、実際にはどのように扱われているのだろうか。この辺のせめぎ合いが激しくなる場合の1つが、長期にわたる休暇を取ろうとするときだ。
ということで、少々古いが、長期に及ぶ年休に関する最高裁判例を見てみる。
・ 時事通信社事件
この事件では、社内唯一の科学技術記者クラブの常駐記者が、1980年8月20日から9月20日まで休日を除く24日間の年次有給休暇を取得しようと考え、同年6月23日から口頭で、6月30日には実際にこの年休を請求した(年休開始予定日51日前にあたる。)。
これについて会社は、『1箇月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もない』ので『休暇を、二週間ずつ二回に分けて取ってほしい』と回答。
会社は7月16日、『八月二〇日から九月三日までの休暇は認め』たうえで、それ以後の期間については時季変更権を行使したが、記者は予定通り休んだ。会社はこれを懲戒の1つ『譴責(けんせき)処分』とし、同年の冬季賞与も約5万円減額した。
・ 最高裁の判断
これについて記者が提訴し最高裁まで争ったが、最高裁は
『労働者が長期かつ連続の年次有給休暇を取得しようとする場合においては、それが長期のものであればあるほど、使用者において代替勤務者を確保することの困難さが増大するなど事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなり、使用者の業務計画、他の労働者の休暇予定との事前の調整を図る必要が生ずるのが通常である。』
とし、この場合は、
⑴ 代替要員の配置が困難だった
⑵ (科学技術クラブへの)単独配置はやむを得なかった
⑶ 記者が、会社と十分な調整をしなかった
⑷ 会社は、本人の年休の時季指定に相当の配慮をしている
ことを理由に、会社の対応を妥当と判断している。(1992.6.23)
・ 年休目的は原発事故取材
年休取得の理由は『労働基準法の関知しないところ』なので、この裁判の本質とは直接の関係はないことにはなるが、記者の年休申請の主たる理由は、前年(1979年)アメリカのスリーマイル島で原子力発電所の事故が発生して日本でも関心が集まり、その取材だったようだ。
この休暇が『出張』でなかったことからすれば、その記者の個人的興味によるものだったことは伺える。
しかし、最低でも科学技術記者としての素養に資するものだったことは確かで、年休とはいえ、例えば自由の女神の前で同じ格好をして写真に納まるようなバカなマネは、どこかの議員と違って、決してしなかったに違いない。
・ 長期年休に対する時季変更権の適用
それでもこの時季変更が認められた(連続年休の時季指定が認められなかった)ことをみると、長期連続休暇に関しては、使用者の時季変更権が割と広範囲に認められているとは言えそうだ。
長期にわたる休暇の場合は、会社との十分な事前調整は欠かせないと言える。上記⑶で『十分な調整』の主語が『記者が』となっているように、この協議の主体は会社ではなく従業員と位置づけられているからだ。
労基法の原則は年休『継続取得』
ここで、労働基準法39条に戻るが、正確には
『使用者は、その雇い入れの日から起算して六箇月継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。』
となっている。ここで太字の『継続し、又は分割した』の言葉の順序に注目してもらいたい。
ここで『継続し』というのは、付与された年次有給休暇全てを連続で取得する場合を指している。たとえば20日の年次有給休暇を19日と1日に分けて取得したら、これはすでに『分割取得』ということだ。
これに即して考えると、現代日本において、年休を『継続取得』する方は、退職間際など特別な場合を除いてまずいない。
・長期休暇は、会社との事前調整が必須
しかし、法律上の原則は『継続取得』だ。ただし、これを行使しようとしたら、事業所とのかなり綿密な調整が必要になることはお判りだろう。
厳密な『継続取得』に限らず、かなり長期に及ぶ連続年休に関しても同様だ。
つまり、長期にわたる年次有給休暇の取得は、会社との事前調整が前提ともいえる。
・ おおもとはILO条約
労働基準法制定時(1947年)の年次有給休暇は、『1年継続勤務・出勤率8割で年6日』の付与に過ぎなかったが、原則は6日連続。分割は例外だった。
これは、さらにその11年前、戦前の1936年『年次有給休暇に関するILO条約』で、1年以上継続勤務した労働者には『6労働日以上の年休を付与』し、『そのうち6日は一括付与』すべきと定めていたことに由来する。
そのため制定時、『分割』を認めるかどうかについて議論があったのも、特筆すべき点だ。ILO条約に沿って、この6日は一括(要は継続)で与えるべきとする意見もあったからだ。当時は週1休が普通だったので、年休を月曜日から6日間一括取得すれば、8日間連続の休みになる。
結局、これほど長期の継続取得の押しつけは当時の労働慣行にそぐわないということで、分割取得が可能な規定となった。
これが現代にも続いているのだが、労基法39条は今でも『継続し、又は分割した…』の文言であり、今も継続取得が原則なのは間違いない。
・ 長期年休の予定者は、早めに相談を
労基法制定時『継続取得』オンリーとなっていれば、会社にしても、次回予定の計画年休同様『あなたは今年、いつからいつまで年休を取る予定か』を会社の予定と絡めて十分協議・確認し、業務への支障が最小限となるよう会社の年間計画にも位置付けるのが当たり前になっていた可能性もある。
ただ、こうした歴史的背景は一般にあまり知られていないので、いざ突然長期休暇を請求されて慌てないよう、せめて『長期連続の年休予定がある場合は早めに会社に相談するよう』周知しておくことは必要かもしれない。
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※ 訂正
・時事通信社事件 4行目
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